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ニートの俺が、異世界唯一の料理人!?  作者: 淡井ハナ
第一章 始まりはマーボー豆腐
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俺のマーボーが世界を救う!?

 やる気がないため、俺は出来るだけゆっくりと店に戻った。


 店の扉を開けると、そこはまさに混沌カオスだった。


 腹を空かした村人たちが今にも暴れ出しそうな勢いだ。テーブルを指でトントンとたたいている者、膝を小刻みに揺すっている者、頭をガシガシと掻き毟っている者までいる。


 その姿は、まさに禁断症状が出ているアル中やタバッ中(煙草中毒)そのものだ。


 そんな危険な状態の村人たちは、店に現れた俺を見るや否や、表情をぱあっと輝かせて詰め寄ってくる。


「お出でになったぞ。勇者様だ!」

「ああ、勇者様。何でも良いから早く我らにまーぼーをお与えくだせぇ!」

「オナシャス!」

「腹が減りました!!」


 まるで世の中に絶望して救いの神を求める信者のように、皆俺を崇めている。

 正直少し引くぞ。というか今、やたらこっちの世界風の言葉遣いのヤツが居た気がするが…。


 やっぱり中に入りたくなくて、俺は一度店のドアを閉め、空を仰ぎ見る。


 そうか、もうすっかり夜だな。

 季節は真夏。ここはこの異世界でも辺境の村。

 だが、いきなりこの異世界に召喚されて、右も左も分からずに途方に暮れていたこの俺を、少しも疑いもせずに迎え入れてくれた人たちでもある。

そおっとドアを少しだけ開けて中を覗くと、皆困惑や絶望の表情を浮かべ、ざわついている。


 恩返しはしなくてはなるまい。覚悟を決めて俺は再び中へと踏み込む。


 とはいうものの、やはり人の輪に入るのは気後れしてしまうし、何よりこいつら、何かヤバい。


 あまりの村人のテンションに恐怖を感じ、俺は早々に厨房へと引っ込んだ。


 この場所は神聖にして決して侵してはならない聖域。

 誰かに見られると奇跡の力は霧散して、マーボーは出せないと言ってあるので、村人たちはここまでは入ってこないのだ。


 だが、ここにずっと引きこもっている訳にも行かない訳で…。


「……よし、やるか!」

 

 ここからは俺の領域だ。普段適当な俺だが、料理に関しては手を抜くわけにいかない。


 俺は気合を入れ直して作業に取り掛かった。


 まずは、下ごしらえ。長ネギ、ニンニクなど一通りの材料を揃え、全てみじん切りに。


 まな板とナイフが奏でるリズミカルな音に、俺の腕もなかなかじゃね? と自分でもうれしくなる。


「ふふん。キミ、料理だっけ? そうしてるときだけはいい顔するよね~♪」


 ……忘れてた。こいつだけは俺の聖域に土足で侵入してくるんだった。


 ニヤニヤしながら、リタはこっちをじっと見ている。


「何だよ…。邪魔しに来たのか?」

「ううん。シュートがちゃんとやってるかどうか、見に来ただけだよ。でも、要らない心配だったみたいね」


 何に満足したのか知らないが、リタは満面の笑みを浮かべ、


「じゃあ、皆の相手は私に任せて、シュートは“りょーり”、頑張ってね!」


 なんて言って戻って行った。


 何か知らんが、どうやら期待されているらしい。仕方ない。ここはひとつマジで料理ってやろう。


 再び集中して、俺はナイフを握る。


 豆腐をダイス上にカット。そしてトウチ(黒大豆を発酵させたもの)をみじん切りにしたら食材はOK。


 続いて調味料類を全て台に並べていく。事前に調味料を合わせておくこと、それが今回のポイントの一つだ。


 俺は今一度、マーボー豆腐の調理手順を頭の中で再生していく。


「肉、調味料、ニンニク、スープ、とろみ……」


 マーボー豆腐は時間との闘い。少しのためらいが味を変えてしまうのだ。

工程を再確認し、大きく息を吐く。


「イイ感じだ!」


 俺はいよいよ鍋を火にかけた。

 暫くして、鍋に煙が立ってくる。ここが油の投入タイミングだ。


「よし、まずは調味料!」


 やはり俺の料理をほめてくれるのはうれしいモノだ。どうせなら最高のマーボーを食べて欲しい。


 十分な油を鍋にしいて、まずは豆板醤(トウバンジャン)を炒め、次に刻んだニンニク、トウチ、ラー油を加え、最後に甜麺醤(テンメンジャン)を加えて、香りが出るまで良く炒める。

 焦がさないように火加減を見つつじっくりと火を入れていくと、何とも食欲を刺激させる香ばしい香りが立ってきた。


「よし、イイ感じだ」


 ここであらかじめ炒めておいた挽肉を投入。すこしの油を加えて良く炒める。順調だ。そして酒を少し加えて香り付け。


 そしていよいよスープを入れ、煮込む!


 ここで別の鍋で豆腐をボイルする。沸騰しないギリギリの温度を保つのがミソだ。


「確か、豆腐はゆでることでプルプル食感が実現♡ だったか…」


 それにしてもあのレシピ、どういうテンションで書かれてたんだ…。


 やたらインパクトのある謎のハートマークのおかげで、このポイントを覚えていた。豆腐がぷかりと浮いてくると、いよいよスープ鍋の方に入れるタイミングだ。そこに、さらに醤油しょうゆを加え、こしょう、砂糖、一味唐辛子などで味を整えて、一度味見してみる。


「……よっしゃ、完璧だ!」


 ここでネギを投入。


 暫く煮込み、鍋を振りながら水で溶いたスターチを投入。

 段々ととろみもついて、マーボー豆腐らしくなって行く。


 俺は仕上げの化粧油を少し垂らした。


「リタ~~!! 頼む!」


 悔しいが、ここでリタの出番がどうしても必要だった。

 

 俺の声を受けて、リタが嬉しそうに扉を開けこちらへと来た。


「イイ感じの火を頼む! あ! あんまり強すぎないでくれよ!」

「了解! いっくよ~~!」


 親指をぐっと立て、リタはすっと目を閉じて詠唱を始めた。そう。この異世界では皆何がしかの魔術が使えるのだ。


 直後、鍋の下から業火が舞い上がる。


「……って熱! もう少し加減してくれ!」


 鍋を握る俺を焼き殺す気かよ、と文句を加えると、リタは対して悪びれもせず


「ゴメンゴメン。この呪文、加減がムズイんだよ」


 ブツブツと言いつつも何とか火を小さくしてくれた。

 最後に強く火を入れることによって、とろみが戻りにくくなるのだ。これもポイントの一つだな!


「うわ~~~! すごく良い香りだね!」


 ぐつぐつと煮えている鍋を覗き込みながら、リタが楽しそうに言う。


 俺はクールにそれを無視して鍋を火から離し、皿に出来立てのマーボーを盛りつけた。


 立ち昇る湯気が香ばしい香りを乗せ、食欲を猛烈に刺激してくる。

リタなどはよだれをたらしそうになって、慌てて拭っている。


 自慢じゃないが、いややっぱり自慢させてくれ。このマーボー豆腐は、俺の一番の得意料理で思い入れも深いんだ。


 俺はどうしても完成度が気になった。

 スプーンで鍋に残った豆腐をひとすくい。熱々の豆腐にとろみのついたマーボーが良くからんでいる。


「……はむ」


 湯気が立っている豆腐をふーふーとやって冷まし、口に含む。

 辛味が一番に来るが、その後にくるうまみ。そして豆腐の絶妙なプルプル食感。


 自分で言うのもアレだが、傑作だ。


「白飯だ!! あとは白飯だ!!」


 ご飯が猛烈に欲しくなるこの衝動。これこそが俺の料理の完成度を物語っている、ハズ。


 俺は皿にマーボーを盛り付け、リタに配膳を頼んだ。


 どうだ、見てくれ。村人たちのあの恍惚とした表情。


「うままままままままままままままままままま!!!!!」

「BMEYYYYYYYYYYYYYYYYY(美味ィイィイィイィイィイイイ)!!!!!」

「奇跡の御業……!」


 皆一心不乱にマーボーをハフハフと汗をだらだら流しながらかき込んでいる。


「ホントにおいしいね、これ。どうやって創り上げてるのか、見てても全然分かんないけど、キミ、やっぱりスゴイよ!」


 リタも思わずドキリとするような笑顔で、俺の料理を褒めてくれている。


 俺、この人の嫁になって家に入ります。家のことは任せてください。

 思わず口から出かかりそうだった。危ないところだぜ…。


「おっと、あとこれを皆に渡してくれよ」


 俺はそう言ってリタに粉末状のものを手渡した。

「はいはい。ったく、どうせなら自分で渡してあげればいいのに……。ホント、シュートは人前に出るのが嫌なんだね…」


 呆れ気味にブツブツ言いつつも素直に皆に配って行く。

 俺の人見知りについてはほっといてくれよ…。と思っていると、また村人たちは歓声を上げた。


「おお、魔法の粉じゃ!」

「これでさらにまーぼーが美味くなるよってに、不思議じゃのう」


 皆マーボーに俺が渡した粉を掛けている。すると、マーボーをかき込む速度がさらにアップした。そしてどんぶりに盛られた白米と交互に、一心不乱に口に運び続けている。


「シュート、あの粉何なの? 皆あれをかけると食べる速さが尋常じゃなくなるよ!?」


 リタは俺の耳元で囁くように聞いた。やめろ、耳元に息を吹きかけるんじゃない! 勘違いしちゃうだろ。


「ああ、これだよ。山椒だ」


 正確には中国山椒の花椒(ホアジャオ)だ。これを挽いてマーボーに振りかけることにより、舌がピリピリと痺れるような辛み、そしてほのかにフルーティーな香りを加える。唐辛子の辛味と合わせ、これで完璧パーフェクトマーボーが完成するのだ。


「さんしょー? それ、“ペリカの実”を乾燥させたやつでしょ? 良い香りだよね~」

「ああ、この世界ではペリカっていうのね…」


 さすがの異世界だった。



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