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ある昼下がり

 ロゼの町に俺達が滞在して数日が経った。

 俺達はリタの幼友達であるシオンの道具店に泊めてもらえることになり、以来お世話になっている。


 シオンの店の両親は現在王都に仕事で出ており、シオンは留守を預かっている。

 が、この店の主力商品であるカリンガの卵は入手が難しく、正直今この店はあまり客が来ない。


 そんな状況もあって、リタはシオンにある提案をした。

 それは、この店を道具店兼料理店、つまり総合商店のような形で営業してはどうか、と。


 俺にあって異世界人にない最大の能力、それが料理スキル。

 そのチートスキルを使い、俺は店を開いて元の世界へ戻るための手がかり、そして軍資金を得ること、そしてシオンは店の再興を達成できる。


 一見誰も損をしない素晴らしい提案に思えるが、果たしてうまく行くのだろうか。


 そんなわけで、言い出しっぺのリタは連日店の宣伝のために町中チラシ配りで練り歩いていた。

 そして今、シオンは開店に向けて店の中の片づけをしている最中。

 何日も泊めてもらって、何もしないのもさすがに悪いと思い、俺は手伝いを申し出たのだが、「緊張するから」と丁重にお断りされた。


 そんなわけで俺は、大変にヒマだった。


 何もすることがない時間は今の俺にとっては毒だ。嫌でも色々な事を考えてしまう。元の世界のことや、俺のこれからのこと。


「あ~、ダメだ、うつる~…」


 このままだと良くないので、俺は店を出て街をぶらつくことにした。


 

 まだ午前中だというのに、町は結構な人が出歩いて賑わっている。

 全体的に石造りの街並みには、車がクラクションを上げることも無ければ、巨大モニターがアーティストのPVを流していたりもしない。

 この町の時間はとても静かに流れている。どうしても中世の古めかしい印象を抱いてしまうが、この町の人々も、その人その人にそれぞれ人生というものがある。


 町の人の様々な表情を見ていると、そんな感慨を抱くのだった。


 俺は市場に足を運んだ。この暑い中頑張っているリタとシオンが夏バテしないように、何か栄養あるものを作ろうと思ったのだ。


 市場はどこにこんだけの人がいたんだ、と思うほどの人で溢れ、活気がある。

人見知りの俺にとっては、かなりつらい状況だ。

 しかもスーパーやコンビニとは違い、店員に欲しいものを言わなければならない。


「何て高いハードルだ!」


 まずは青果店をのぞいてみる。二人の休憩に、爽やかなオレンジジュースでもと思ったのだが、それを買うには声を出さないといけない。


 とは思うのだが、先ほどからずっとタイミングを計ってばかりで、時間が刻々と過ぎていく。


 やべ、変な汗が出てきた。それに、何か頭が真っ白に…。


「お前、さっきから何をタラタラしている?」


 肩を掴まれ、思わずビクッとなる。


 突然後ろから声を掛けて来たのは、俺と同年代の男だった。

 眉間にしわを寄せているところを見ると、俺にイラついているのか。


「おい、店主。こいつが何か言いたいそうだ」


 動揺する俺をよそに、男は店主に声を掛けた。

 店主のおばさんが人のよさそうな笑顔を浮かべて俺に用件を尋ねる。


「……え、えっと、あの」


 まだ俺は心の準備が出来ていなかったのに、余計な事をしてくれたな。

 俺は振り返って男に振ろうと思ったら、男の姿はどこにもなかった。


「何だい、用があるんじゃないのかい?」


 怪訝な顔で訪ねて来た。俺は意を決して「オレンジジュース、一つ」とそれだけ言ったが、その声は自分でも情けないくらいに震えていた。


 おせっかいなほど俺を構ってくるリタとか、俺以上に人見知りするシオンになら、何とか話せるのに。


 こういう時、自分が嫌になる。

 逃げるように店を後にした俺は、せめて何か成果を上げて自分に自信を取り戻すべく、広場で今後のために情報収集をすることにした。


 町の中心の広場は、ちょっとした噴水があり、空気がとてもきれいだった。

 備え付けられたベンチが少し硬いのが難点だが、走り回る子供や上品なマダムっぽい人たちなど、町で暮す人々の憩いの場になっている。俺が何か聞かなくとも、会話を聞いているだけで、勝手に情報が集まるのだ。


「にしても、皆タイラー総合商店の噂してんな…」


 広場に集っている人達の会話をこっそり聞いてみると、やれ自分はチラシをもう3枚ももらった、いや自分は5枚だ、などリタとシオンが配るチラシの枚数を競っているようだった。


「あいつら、どんだけ配ってんだよ……。でも、普通なら何枚も同じチラシを押し付けられたらキレそうなもんだが…」


 皆どこか楽しそうだった。

 だが、やはり話題の中心は伝統ある店が“料理”なる聞いたこともない物を扱う、ということだった。


「一体何だろうな、料理とは」

「隣村のドーンに知り合いが居るんだがね、何でも得も言われぬ美味なる食べ物だそうだ」

「私も聞いたわ。少し前に、あの村に見たこともない恰好をした少年が現れて、その料理というものを村人に作ってみせたそうよ」

「何と! その話、あの勇者伝説とまるで同じじゃないか! まさかその少年は……」


 何だか、この町でもどんどん話がでかくなってる気がするが…。


 最終的に俺は金色に輝いており、口から七色の魔術を放出し、手からはマーボー豆腐が湧き出る、まさに奇跡を体現する者、とか言われていた。


「それが本当なら、俺は気持ち悪い化物だよ……」


 頭が痛くなってきた。帰ろう。


番外編2になります。

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