わたし、決めました!
「決めた! 私、リタの提案に賛成する!」
「マジで!?」
「やった!」
後片付けが終わって再びテーブルについた俺達に、開口一番。
シオンが真剣な表情でそう切り出した。
先ほどまでのシオンとはまるで違う、それは大きな決断をする経営者の顔だった。
恐る恐るではあるが、しっかりと俺の方へと歩を進め、真っ直ぐに俺の目を見て言う。
「シュートさん。こんなすごい食べ物を作りだせるあなたになら、お店も任せられます! どうか、お力を貸してください!」
「……は、はい」
その情熱は俺にはないものだ。
シオンが放つその輝き。あまりの眩しさに目がくらみ、俺は思わず了承してしまっていた。
「ま、やるからには全力で料理らせてもらうよ」
こういう時は握手をしなさいという母の教えを愚直に守ろうとした俺がいけなかった。
近づいた俺に対し、シオンはバッ、と何故か胸を庇う仕草をして距離を取った。
「あ、あんた、やっぱり…。いくらシオンのおっぱいが大きいからって!」
リタが庇うように、俺とシオンの間に躍り出る。
「私にはそんなこと一度もしなかったのに……。やはりシオンの胸を目の当たりにして本性を現したか、この変態!」
と、憎悪に表情を浮かべ、掴みかかってくる。
気のせいか、リタのそばにファイアーボールみたいなのが浮かんでないか…?
「く、苦しい……。なんという濡れ衣っ。つうか、俺がいきなり、おっぱい触ろうとするような勇者の訳、ないだろ」
薄れゆく意識のなか、俺は懸命に言葉を絞り出す。
するとリタはあっさり手を放して「それもそうね」と納得した。
「…俺はただ、握手を求めようとしただけなんだけど……。でも、急に近づいて、その、悪かった」
失った酸素を必死に取り戻しながら、俺はシオンに謝る。
「い、いえ、いえ! 私の方こそ。……ごめんなさい」
シオンは本当に申し訳なさそうにしていた。
「シオン、何だか昔よりも人見知りが進んだ……? もっと人に慣れなきゃだめだよ」
と、遠慮なしにリタが指摘する。
つーか、お前はもうちょっと遠慮しろよ。それに俺にあらぬ疑いで締め落そうとしたことはスルーかよ。
「何よ、シュート。何か言いたい事があるの?」
ヘンタイっぽいシュートが悪いんだからね! と逆切れチックな事を言って押し通し、それからリタはシオンに耳打ちした。
「あいつ、どうもシオンを狙ってる節があるから、気を付けてね」
「……聞こえてるぞ。あらぬ疑いを掛けるのは止めなさい!」
「証拠はあるわよ。私に最初に作ってくれた“りょーり”より、明らかに今日の方が気合入ってる気がする。それに、私には握手なんてしようとしなかったじゃない?」
追求するリタの目は鋭い。だが、リタのその様子は、もしかして
「嫉妬してるのか…?」
言ってからしまった、と思った。なぜならば、リタからプツン、という音が聞こえたからだ。
「……するか!!」
そう言ってのっしのっしと店を出て行くリタ。
後に残されたのは、どうするべきかと途方に暮れるシオンと、正拳突きをボディーに喰らって悶絶する俺だった。
俺は寝るまでの時間をリタの機嫌を直してもらうことに費やす羽目になった。
嫌な予感しかしない新装開店計画だが、本当に大丈夫だろうか。
俺たちの前途多難な旅はまだ始まったばかりだが、とりあえず当面の目標はできた。
はたして今向かっている先は、元の世界へ通じているのか。
シオン父の部屋を使うことになった俺は、眠りに入るまでの間、枕に残るオッサン臭を感じつつ、色々な考え事をするのだった。