タコライス(女子はアボカドさえ出しときゃ喜ぶと思ったが、ちがうのか?)
シオンとリタは町を一通り回ってくる、といって出かけてしまった。
リタは今までみたことのない表情で、嬉しそうにシオンの手を引いてはしゃいでいたが、シオンもその様子を微笑ましく見ながら、リタの言うままにさせていた。あの光景を見ると、やっぱりリタが妹的存在なんだな、と妙に納得した。
そんな、一人残された俺がしていることといえば、そう。
台所漁り、だ。
やはりこの町の住人にも、料理という概念はないらしく、調味料が全然ない。
おまけに冷蔵庫なんてハイテクマシンはもちろんないため、新鮮な食材がないのだ。俺はかろうじて見つけた米、炒めて保存してあるひき肉、しなびたレタスで何を作れるかを考えた。
「何か俺、シオンに嫌われてるっぽいしな……」
だが無理もない。目覚めたらいきなり知らない男が、近くでガン見してんだもんな。
俺だったら口も利かずに逃げるわ。
だが、せめて普通に会話できるくらいにはなりたい。そう思って、俺は頭の中のレシピのうち“簡単かつ女子の心をグッと掴むモテ料理!”の項目を思い浮かべる。
「よし、あれで行こう!」
ようやく本日の料理がチョイスできた頃には、すでに日が傾いており、窓からは夕日の優しい光が差し込んでいた。
「それには、これだな」
俺は道具袋とは別に、村から持ちだしていた手提げかばんに手を突っ込み、必要な物を取り出す。
各種調味料の小瓶と共に取り出したのは、ごつごつした黒い果実。
「アボカド~~!(だみ声)」
某アニメの猫型ロボット調で、カバンから出してみた俺。一人でやってて空しくなる。
やべ、アニメが恋しくなってきた。ホームシックになりそう…。
「このネタ、今後封印だな…」
気を取り直して。これは、山でリックスの実(ニンニク)を採取した時に、偶然見つけて取ってきたものだ。
「そう。これは俺の独自の調査によるものだが…」
サラダやらなんやら、とにかくアボカドを入れておけば女子はバカみたいに喜ぶ、ハズ。
「やつら、ヘルシー、ヘルシーと連呼するが、アボカドは意外とカロリーがあるってことを知らないんだぜ…。ヘッヘッヘ」
一人で言っててまた空しくなってしまった。もうやめよう。
「しかしどうしても食材が足りないな。ないならないで、やれんこともないが……」
そうして俺が再び台所を探りだしたころ、丁度リタがシオンを連れて戻って来た。何やら色々な話をして、あちこち散策をしてきたらしい。
二人とも満足げで、どことなくお肌もつやつやしている。
そんなシオンの手には紙袋。それを見て俺は目を丸くした。
「お、おぉおおお!」
「ヒッ!」
「ちょっと、変な声出さないでよ」
「す、すみません」
何か納得いかない。ちょっと声を上げただけでこれですか。
「大丈夫よ、シオン。こいつとってもヘタレで体力も人並み以下! 魔力も使えないし、きっと戦ったらシオンの方が強いわよ」
言いたい放題いいつつ、シオンをなだめている。
「……うん」
「ほら、色々町を歩いたんだけどね。色々食べ物を買ったから、何か必要な物があったら使って」
そう言って、リタはシオンに促すと、シオンはテーブルに紙袋を置いて俺の方に向き直る。
「あ……の。リタから、聞いた、です。シュートさん、すごいの、作るって……」
服の端をぎゅっと掴み、逃げたいのを我慢するように話した。
か細い声で、たどたどしく口にするので、はっきりとは分からなかったが、要するに、俺が料理をすると聞いて、色々な食材を買って来てくれたらしい。
どうやら俺は、そこまでは嫌われてはいないらしかった。
俺は二人が買ってきてくれた食材のなかから、トマトとチーズを選んだ。だが、やはりこの中にもアレがない。
「な、なあシオン。この道具屋は調味料とかは置いてるか?」
先の失敗を教訓に、俺は努めて静かに、ゆっくりと訊ねた。
するとシオンは別人のようにすっと良い姿勢になり、そのまま店の方へと駆けて行った。
「なあ、リタ。シオンってもしかして……」
「ああ、うん。シオンは普段はすごく人見知りだけど、道具のことになるとすごいわよ。何でも知ってるし、接客してるとこなんて、まるで別人みたいに生き生きとしてるんだから!」
とまるで自分のことのように誇らしげにリタは語った。最後に「あんたと違って仕事はできるわよ」と余計なひと言まで加えて。
ほどなく、シオンは両手に持てるだけの瓶やボトルを抱えて戻ってきた。
「スゴっ。それ、全部調味料?!」
恐る恐る聞いてみると、シオンは満面の笑みで答える。
「はい~! カプリジュースからエンジェルティアーズまで何でも取り揃えてます!」
「エンジェ…? いや、それより、ウスターソースとケチャップはある? あと――」
「そ、そんな…!」
突然シオンはガックリとうなだれた。
な、何なんだ?
「ど、どうしたの、シオン?」
リタが心配そうに駆け寄った。
「こ、この私に……知らない調味料が、あ、あるなんて、勉強不足だったよ」
肩をわなわな震わせて打ちひしがれている。
あ、そうだった。そういやここでは俺の世界での名称は通じないんだった。
めんどくせーな、と頭を掻いていると、リタがこちらを睨んでいることに気付いた。…気付くんじゃなかった。
「な、なあシオン。ごめん。さっきは調味料の名前を間違えた。ちょっと本当の名前忘れたからさ、その、なんだ」
何て言ったら良いんだよ、くそ。
「あ、それならじっくりと見てください。全部開封済みですので、味もお試しください。当店自慢の品々です!」
俺にラベルが見えるようにして、シオンは一つ一つ調味料を横に並べていく。
俺が苦労して言葉を探さなくても、一人で勝手に立ち直ってしまった。
が、ここはお言葉に甘えることにしよう。
俺はまず、色がそれっぽいものをいくつか選んで、手元に手繰り寄せた。
そしてボトルを振ってみたり、匂いを嗅いでいく。気になった物はスプーンに垂らして、口に含む。
この作業を重ねてようやく目当てのものを一つずつ選んでいく。
「なんだ、全部あるじゃん! この店、スゲーな!」
ラベルにはそれぞれ異世界名称が書いてあるが、ウスターソース(リーペリン)、ケチャップ(デゾルベ)、ショウユ(もう面倒くさいから省略な…)。それにサルサにオレガノ、レモン汁まで、欲しいものは全部揃ってしまった。
思わず言った俺の言葉に、シオンは満面の笑みでこちらに近づいてくると
「あ、ありがとうございます! うちの店は、品揃えも町一番なんですよ!」
そういって、俺の手を取ってブンブンと振る。
「お、おう。どういたしまして」
あまりのテンションに若干引いていると、シオンは再び我に返り顔が一瞬で真っ赤に。そしてまた、脱兎のごとく店外へ走り去ってしまう。
俺とリタは無言で頷きあうと、リタは再びシオンを探しに出て行った。
「忙しい奴だな、シオンは」
と、ドアの隙間から日の光が差し込んだ。窓の外を見ると、先ほどよりも太陽はオレンジ色になっている。
「ああ、もうだいぶ日が落ちてきたな…」
二人が行ってしまった今のうちに、作業に取り掛かるとしよう。
テーブルに並べる材料は、レタス、トマト、タマネギ、アボカド、ニンニク、挽肉、チーズ。釜にはイイ感じに炊けている白米もある。
「よしっ!」
作業開始。俺は手提げからナイフを取りだし、まな板に向かい合った。
まずは、レタスを一枚一枚手で剥がしていき、それを流水に晒す。
そして一まとめにした物を細く千切りにしていく。
同じ様にチーズも切っていく。
お次はタマネギだ。タマネギのみじん切りにはちょっとしたやり方がある。
半分にカットした玉ねぎをまな板に乗せ、縦に包丁を入れる。この時に全部切らず、少し残してつながったままにしておくのがポイントだ。
そういえば、昔はここがなかなかできなくて、何回も母さんに聞いたんだよな。
ふと、昔母さんに台所で教えてもらった思い出が蘇りかける。
いや、だめだだめだ。これ以上いくとつらくなる。
次に横に3回ほど包丁を入れる。
最後は玉ねぎを90度方向を変え、縦に包丁を入れる。
するとザクザクっと一気に細かく切れるんだ。これがなかなか面白い!
細かく刻んだタマネギを別の容器に移す。だんだん気分が乗ってきた。
「よし。次、トマトだな」
俺はシオンが買ってきたトマトを手に取った。
「お……」
そのトマトはずっしりと重く、ヘタの近くまでツヤがあり、鮮度は申し分ない。
ああ見えて、やはりシオンは道具や食材を見る目は確からしかった。
感心しつつ、トマトをダイス状にカットしていく。
そしてニンニクはいつものようにみじん切りに。
アボカドについては、変色しやすいため、食べる直前だな、と判断した。
これが今回のポイントだな。
程なくして、二人が店に戻ってきた。
「もう始まってるの?」
相変わらず何の遠慮もなくリタが覗き込んでくる。
「今日はマーボーとは別の料理だけど、すぐできるからな!」
俺は目線は手元に向けたまま言って、二人にはテーブルで待っているように促す。
リタは魔術を詠唱し、かまどに火をつけると、楽しそうに鼻歌を歌いながら去って行った。
どうやらシオンも見に来ていたらしい。二人分の足音が遠ざかる。
「よし、手早く行くか!」
俺は再び神経を集中させた。
フライパンを火にかけ、オリーブオイルを大さじ1程ひいて、まずニンニクを炒めはじめる。
弱火でじっくり炒め、香りが出てきたところでタマネギを投入。
タマネギが透き通ってきたら、次は挽肉だ。
どうやら保存用に火を通してあるだけらしく、下味はついていない。
俺は肉をヘラで解していきつつ、塩コショウを軽く振った。
次にたっぷり目にケチャップを入れ、大さじ1と半くらいのウスターソースを加え、オレガノを振る。さらに隠し味に醤油を少々垂らし入れる。そしてこのタイミングでレモン汁を加えてよく炒める。
「あ~、イイねイイね。マーボーとはまた違った良い香りだ」
シャーシャーとフライパンから軽快な音が鳴る。ケチャップとソースの何とも言えない香ばしい香りが鼻をくすぐる。それに、今日は何かフライパンが軽い。どうやら絶好調らしかった。
奥のテーブルからは、リタとシオンが楽しそうに話している声が聞こえる。
よし、具は完成。あとは盛り付けるだけだ。
俺はフライパンを火から離し、まだチラチラと燃えている薪を火消し壺に放り込んだ。なんか、異世界に順応しつつあるな、と思いつつ俺はかまどの蓋を開けた。
あらかじめ出しておいた3人分の皿に、まずご飯をよそう。
次に出来立てほかほかのミートをご飯の上に掛ける。
周りに刻んだレタスを散らしたら、ミートの上にトマト、チーズの順に盛り付けて、と。
「ここで、アボカドだ」
俺はアボカドを手に取り、手早くナイフを入れる。
真っ二つにした後、スプーンでくりぬいた果肉を一口大に切って並べると…。
トマトの赤、レタスとアボカドの二つの緑、水々しいそのコントラストにチーズの黄色がアクセントとなり、ライスの白にこれでもかと盛り付けた肉。
「完成、俺式タコライス!!」
俺はテーブルで待つ二人に配膳する。
二人は俺が運んできた皿を一目見るなり、
「はあ~~、すごいね~~!」
「……キレイ、です」
と目を輝かせていた。
そんな二人の前に皿を置いて、
「あとはお好みでこれをかけてもウマいんだ」
とサルサの瓶をテーブルの真ん中に置いた。
「じゃあ、じゃあ!」
リタは待ちきれないとばかりに、スプーンを振り回して俺とシオンを交互に見た。
「ああ。いただきます!」
苦笑しつつ、俺は食事のあいさつを口にした。二人も後に続く。
まずは一口、食べてみる。
レタスのシャキシャキした歯ごたえにトマトの程よい酸味、挽肉のマイルドな辛さとフルーティーな奥行き、そしてチーズの風味にアボカドの独特の食感。
温かいミートと冷たい野菜類。一つの皿にこれだけの味や要素を詰め込んであるが、それらが絶妙のバランスで一つになり、口の中で弾ける。
見た目の涼やかさも手伝って、まさに、暑い夏を乗り切るのにピッタリな味だ。
「よし、イイ感じだ!」
味の確認をした俺は、二人の反応が気になって、ちらりと見ると
リタも、そしてシオンさえも。止まることなくスプーンを口に運んで、はむはむしていた。その表情を見る限り、今回の料理もバッチリだったようだ。
「す、すごいです。こんなの、食べたことない。これが、リタの言ってた“りょーり”です?」
「うん、ほーらよ。ひゅーほはいおんははへもほをふみあはへてまっはふあはらひいもほをつふふほよ!(うん、そうだよ。シュートは色んな食べ物を組み合わせて全く新しいものを作るのよ!)」
「ベタな事は止めなさい!」
口いっぱいに頬張るから、リタは何を言ってるのかさっぱり分からない。
「ふあ~、シュ、シュートさんってす、すごい、です。魔法みたい!」
「え、今リタが何て言ってたのか分かるのか!?」
シオンはコクリと頷く。良く分からんが、どうやら褒められていたらしい。
それからもこのタコライスについて興味津々に質問をしてくるシオン。
どうやら、生来の人見知りを好奇心が上回っているらしく、おずおずとではあるが、何とか会話が弾んだ。俺、料理やってて良かったよ、皆!
「シュ、シュートさん。ところで、こ、この緑色の四角いのはな、何です、か?」
スプーンでアボカドを一かけら掬って掲げる。
「そうそう、私も気になってたのよ、それ」
リタもずいと身を乗り出してきた。そういうリタの皿は、すっかり空っぽだった。
「…ん? アボカドだけど。もしかして、アボカド知らない?」
あれ、これさえ使えば受けると思ったんだけど。もしかして違うのか?
二人とも顔を見合わせ「アボカド??」と首を傾げている。
「あ、そうか。この世界では名前が違うんだよな…」
さっきアボカドをアナライズした時見たな。確か名前は…
「あ、そうだ。ヌルジだ! ヌルジの果肉をカットした奴だよ、それ」
俺が名前を出した途端、何故かピタリと手を止めて固まる二人。
「あ、れ? 違ったか?」
二人の様子がおかしい。何だ、どういうことだ。女子はアボカド好きだろ?
や~ん、オッシャレ~! とかいう場面じゃないのか。
狼狽える俺をよそに、リタが反応を示した。
「ヌ、ヌルジってあのヌルジなの!? 黒くて楕円形の…?」
その表情はどちらかと言うと嫌悪感のそれだ。
「あ、ああ。そうだけど…。それが、どうしたんだ?」
言うか言わないかのうち、突然ガタッと席を立ち、鏡の前にダッシュするリタ。
シオンはといえば、蒼い顔になってアワアワとしている。
ほどなく戻って来たリタは青い顔をしていたが、ほっとため息をついた。
「な、なあどうしたんだよ、二人とも?」
まったく事情が呑み込めない俺を見て、ようやくリタが口を開いた。
「そっか。シュートは知らないわよね…。シュートじゃなかったら、何てことすんのよ! って怒るとこだったわ」
呆れ気味に言うリタ。シオンはというと
「本当に、リタの言うとおり、シュートさん、別の世界、から来た、ですね」
感心したような、不思議なものを見るような顔になっていた。
「シオン、説明お願い」
リタの言葉を受けてコクリと頷く。それから真剣な表情になって口を開いた。
「シュートさんが使った、このヌルジという果実ですが、実はこの辺りの人間は決して口にはしないのです」
「……え、何でだ?」
「ヌルジはどんな木にも成る実なんです。それに、食べてもほとんど味がしない。さらに皮は固くて開きにくいし、中はヌルヌルしていますし。その扱いにくさや、外観の不気味さから、私たちは悪魔の実とも呼んでます」
「……あ、悪魔の実…? 食べると能力者に…。一つなぎの…」
俺は色んな意味でゴクリと唾を飲み込んだ。
「……? シュート、何言ってるの?」
リタが不審そうに尋ねる。
「ああ、いや何でもないんだ。こっちの話だ」
でも、そうだったのか。それでさっきの慌てようか。
「ごめん、知らなかったとはいえ、何か気分悪くさせちゃったな…」
「ああ、でも鏡見ても何ともなってなかったし、別に気にしてないよ! ね、ねえシオン?」
「あ、は、はい! その、食べてみると、意外においしかった、です。毒があるなんてい、言われてましたけど、そんなことなかったですね」
落ち込む俺を励ましてくれているのか、二人は一生懸命な様子で言葉を探している。
「それで、シュート……」
俺の顔色をうかがうように言うリタ。なんだかんだ、リタは優しいなと思った。
「いや、ほんとごめんな」
「……ううん、そうじゃなくて」
何だ、これ以上なにかあるのだろうか。もう俺のライフは0よ!
「あの……おかわり、ある?」
「……へ?」
今何て言った? 聞き直そうと思っていると、今度はシオンも空になった皿を見せ
「わ、わたしも。……その、少し、おかわり、です」
「もちろん、ヌルジもね!」
そう言って、ズビシ! と皿を俺に押し付けてくる。
「あ、ああ! まだまだあるからな!」
俺はおかわりをよそう為に席を立った。
危ね、あやうく泣きそうになったわ。今の俺の顔を見られなくてよかった。
「本日の教訓、アボカドさえ入れときゃ女子受けするなんて、安易な発想は止めましょう!」
俺は皿を持っていく前に、メモ帳にしっかりと刻み込んだ。