リタの強引な提案
心地よい満足感に包まれつつ、俺とリタは片づけを買って出た。
それがひと段落ついて、再びテーブルについた。
すると、リタは昨日の出来事について前置きなしに切り出した。
「それで、シオン。あんな時間にあそこで何してたの…?」
ド直球キタ! シオンはリタの追求から逃げるように視線を彷徨わせるも、リタはただじっとシオンが口を開くのを待っている。これは、逃げられないな。
やがて、シオンはテーブルの上で落ち着きなく何度も手を組み替えながら、根負けしたように話し始めた。
「…卵かけご飯」
「……え?」
何といったのかよく聞こえなかった。すると意を決したのか、シオンは滔々と語り出した。
「さっきも言った、ですが。この町の名物は卵かけご飯、なんです。リタは知ってるよね?」
反射的に頷いてはみたものの、問われたリタも話が見えていないようだ。
「あの卵は、“カリンガの卵”です。私のお父さんが、定期的にカリンガの巣に行って採取してた、です。それで、この店で取り扱ってました」
カリンガ、どこかで聞いた名前の気がするが…。
俺が記憶を手繰っていると、その表情を察してくれたのかリタが補足してくれた。
「カリンガってのは、昨日シオンを襲ってた魔物よ。」
思い出した。昨夜シオンはカリンガの毒とやらで倒れていたが、どうやらあの狼のような魔物がカリンガというらしいな。ってかあれ、卵生なのかよ? さすが魔物だ…。
…つか、俺あれの卵を食ったのかよ。卵と言えばニワトリ、と当たり前すぎて考えもしなかったが、さすが異世界。
だが、うまかったぜ…。
俺が一人悦に浸っている間にも話は進んでいく。
「成程ね。やっと話が見えたわ。つまりシオンは昨日お父さんの代わりに卵を取りに行って襲われたのね」
「……うん。お父さんが、お仕事で王都に行ってから、ずっと卵の供給が滞ってて。それで最近お店の売れ行きが良くないの。だから、留守を任された以上、私が何とかしなきゃって」
「そうだったの……。シオンはエライね」
リタは涙を流しながらがしっとシオンの手を取る。何で上から目線…?
「あれ、でも確かカリンガって夜行性だから、卵を取りに行くなら早朝、じゃなかった?」
「……うん。意気込み過ぎて、その、ちょっと出発時間を早くしすぎちゃって」
恥ずかしそうに話すシオンだった。
「…いや、それうっかりってレベルじゃねーーーぞ!!」
やべ、あまりのボケについ突っ込んでしまった。しまったと思ったが遅かった。
シオンはビクッと震えて、今にも泣きだしそうにしている。それをリタがなだめているが、目線はこちらに向けている。
その眼光は、話をややこしくすんな! と言っている。
俺たちはシオンが落ち着くまで待った。
これからどうすれば良いのか。前途多難すぎる。情報無し、金も無しでないない尽くしだが、幸いにもシオンはここに泊まって良いと言ってくれている。宿屋に泊る金もないので、その申し出は非常にありがたい。
借りを作ることになってしまうが、ここはお言葉に甘えるしかないのだ。この店を拠点にして、リタに情報収集をしてもらって、元の世界に帰る手掛かりを探そう。
俺が今後の方針をあれこれ考えていると、ようやく落ち着いたらしいシオンに、リタは俺たちの旅の事や今の目的など、大体のあらましを説明していた。と思ったのだが、次の瞬間とんでもないことを口にした。
「だから、もしシオンさえよければなんだけど、シュートがこの店で“りょーり”を出して、それをこのお店の新しい名物にするって、どうかな?」
「「……へ?」」
突然のその申し出に、俺もシオンも一瞬固まった。
「私の村じゃシュートが作るまーぼーっていう“りょーり”がそれはもう大好評でね。皆毎日食べに来てたわ。それをここでもやるのよ」
「……えーと」
シオンは、リタの言っていることが具体的にイメージできずオロオロとしている。
そんなシオンに、リタは待ったなしとばかりに畳み掛ける。
「お客さんはさ、きっとついでに何かお店の商品も買って行くと思うんだよね。これだと、シオンのお店は活気が戻る。私たちはお客さんから情報が得られる。……どう、かな?」
「こらこら、まるで訪問販売に来た悪徳業者だな。シオンが困ってんぞ」
興奮気味のリタにチョップをかまして待ったをかける。
するとリタは俺の胸倉を掴んできた。ぽかんとするシオン。俺はそんなシオンに助けを求める暇もなく、奥へと引きずられていくのだった。
シオンから離れたところで手を放し、リタは俺に顔を寄せてきて、小声で抗議を始めた。
「何で止めるのよ!? あとちょっとで行けたのに」
「行けたのに、じゃねーよ! 強引すぎだろ。……ははあ、読めたぞ。お前、昔からこんな感じでシオンを困らせてたんだろ。分かりますよ?」
「うぐ」
図星顔だ。やはりそうか。
それでも、リタはひるまない。
「でも、シオンの留守番もうまく行くし、私たちはお客さんから情報収集できるしで皆幸せになるじゃない! 何が問題なのよ?」
「いや、そう世の中うまく行かないとだと思うんだけど…」
どうもいやな予感がするのだ。でもそれはうまく口にできるようなものでもない。
俺がリタを納得させる言葉を探して唸っているのもお構いなしに、思い切りリタが俺を引っ張ってシオンの所に戻る。シオンは捨てられた子犬のように、所在なさげに座っていた。
「シオン、とにかく今日の夕飯はこいつに任せて! まずは“りょーり”がどういうものか見てみてよ!」
「っておーい! 勝手に話を進めるな!」
「シオンもシュートの“りょーり”を食べたら、きっとこのアイデアに賛成したくなるよ!」
自信たっぷりにリタはシオンに言う。あいかわらず俺は無視ですか。
シオンは何が何だか分からずに、とりあえずという風に頷いていた。
いいだろう。ここは俺の出番だ。そんな風に言われたら、やるしかない。
それからも畳み掛けるようにシオンに言葉を重ねるリタ。
そんななか決意に燃える俺の頭の中には、どんなメニューを出せば良いか、記憶にあるレシピを手繰るためにフル回転していた。