行ってきます!
俺がいじけている間に、リタと村長は別れの言葉を交わしていた。
かと思えば、村長はゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「……勇者様、いえ、シュートさん」
その顔は先ほどまでよりも真剣味が増している。俺は思わず姿勢をただし、続く言葉を待った。
「リタはあの通り、無鉄砲で無茶をし過ぎることがある。どうか、支えてやってください」
そう言って、ゆっくりと頭を下げた。
「や、止めて下さいよ、そんなの。俺、最初から言ってる通り、伝説の勇者でもなんでもないんですから。リタは俺なんかよりはるかに強いですって!」
俺の言葉を受け、村長は静かに頭を上げた。その表情は何かの迷い、そしてわずかだが、悲しさが見え隠れしている。
「……シュートさん。この話は、あの子には秘密にしておいてください」
「はあ、。っていうか俺の話はスルー?」
一体全体、何を言い出すのだろう。俺は聞く心構えもないまま、曖昧に返答してしまう。
「彼女は、私の本当の子供では、ないんです」
「……え」
何だって。
「あれからもう何年になるでしょうな? あの日、私は妻と二人、この山をなんの気なしに散歩していました。そこで私たちは初めてあの子に会ったんです」
何を言ってるんだ? リタは村長の娘で、村長は父親で……え?
理解が追いつかない。
「見ると、女の子はひどいけがをしていて、そのまま倒れてしまった。私たちはすぐに村へと運びました」
真剣な表情で続ける村長。ふと、リタの方を見ると、リタは何を思っているのか、山道の下った先をぼんやりと見ている。
「幸いにもあの子はすぐに目を覚ましました。……ですが」
「……」
「彼女には記憶がありませんでした。自分の名前も、どこから来たのかも。私は隣町にも、そして王都にも彼女の事を知っている者がいないか、尋ねて回りましたが、しかし――」
「……いなかった?」
「はい。あの子には帰る家、頼れる人間がいなかったんです。我々夫婦には子宝に恵まれなかったこともあり、あの子を養子に迎え、リタと名付け、ずっと事実を伏せて育ててきました」
あの傍若無人のリタに、そんな過去があるなんて全く思わなかった。
「結局、リタの本当の親は――」
俺は問いかけたが、その答えは、村長の表情で分かってしまった。
村長は黙って首を横に振った。それから寂しそうにリタを見て、話を続けた。
「彼女は小さな時から村を出て世界中を旅して周ると言ってききませんでした。もしかしたら、自分の生い立ちに、何か関係があるのかもしれませんね」
「……いつかこの事実をリタにも話すのか?」
「私は未だに迷っています。本当の事を話した方が良いのか、それとも墓場まで持って行った方が良いのか。……ですが、今回のあなたとの旅で、もしかしたら、何かの手がかりが見つかるのでは、と思っています」
真っ直ぐな視線で俺を見てくる。その顔はまさに、娘を案じる父親のそれだった。
「リタはさ、村を出てから今までずっと、村長や村の皆のことを心配してたよ。心配し過ぎで倒れんじゃね? ってくらいな」
「……シュート、さん?」
村長は次の俺の言葉をじっと待っている。その顔は苦手だ。何というか、うまく伝えようとすればするほど、何と言ったら良いか分からなくなる。
「えっと、だからさ、別にリタがあんたの本当の子じゃなくても、村で生まれたんじゃなくても、あいつは完全に村長の娘だって話だ。例えこの旅で何があったって、きっとリタはあの村に帰ってくるって!」
「……」
「だから、そんな顔すんな。笑顔で娘の旅立ちを送り出せよ」
まっすぐ相手の目を見て話すのは苦手なので、何度もつっかえつつ、なんとかそれだけ伝えた。
「シュートさん……。ありがとう、あなたに話して良かった」
村長は、どこかふっきれたような顔をして笑った。
「シュート~~! 早く行かないと真っ暗になるよ!」
リタが手を振っている。その無邪気な笑顔に、不幸は似合わないと思う。
「シュートさん、これを」
言って、村長は俺に何やら小物を入れるような袋を手渡した。
「何すか、これ?」
「旅をするには、何かと入用でしょう。お金と必要な道具類を詰めておきましたよ」
「え…? でもそんな」
親切にされるのは慣れていない。俺は何とか遠慮しようとしたが
「はっはっは。大丈夫ですよ、シュートさん。あなたが村で稼いだお金を道具に変えて、あと残りのお金を入れておいただけです」
時間がなかったのでほとんどの金品は村に残ってますけどねと言って、村長はにっと笑う
しっかりしてやがる。
そういうことなら、遠慮なく貰っていこう。そして村に残してきた品々は、かさばるし、なんかもう取りに戻れる雰囲気でもない。
俺のチート能力でまた稼げばいいや、と自分を無理やり納得させる。
さらば、残してきた俺の金品たちよ。
俺は村長に世話になった礼と、別れの言葉を告げた。
「シュートさん、オドオドとして、声も小さくて頼りないな、とだんだん思い始めておりましたが、私はあなたが本当に伝説の勇者ではないか、と改めて今はそう思います」
俺にそう言って、ぽんと肩を叩いた。
俺は何と言っていいかわからず、曖昧に笑って頷いておいた。
そして大声で急かすリタの元へ駆け寄る。
「それじゃあお父さん、行ってくるね~~!」
「ああ、必ずまた帰ってきなさい!」
明るく手を振る娘に、村長は優しげに見送るのだった。