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09.喧騒の中の会議

 ダークマター序論、英語、生物と授業は淡々と進み、今目の前で行われている数学が、午前中の最後の授業である。


 大和旭はダークマターを授業で扱う唯一の学校であると同時に、世間一般では進学校として広く認知されている。


 そのため、集まる生徒もみんな勉強熱心で、授業中もみんな静かにペンを走らせている。


 睡魔に負けて首をコクコクさせる人はいるが、そういう人は大概夜遅くまで勉強しているので致し方ない部分もあるし、寝ていた箇所は自分で復習しているので大きな影響はない。


「じゃあこの問題は滝本に……っと、滝本!!」


 大声で起こされ、滝本はモゾモゾと顔を上げる。


 ……滝本みたいに、ガチで眠り込んでいる奴もいる。


 コイツは居眠りの常習犯なので、教師陣から厳しくマークされている。


 俺や瑞穂がたしなめたことが何度もあるが、滝本曰く、


「射撃ってさ、弾を装填してから撃つまでにかなり精神力を使う訳よ。それを何発も繰り返すんだぜ? 夜の睡眠時間だけじゃ足りない足りない」


 ということらしい。


 確かに、射撃部が活動している射撃場は夜も煌々としているし、夜遅くに滝本が帰ってきたのを目撃したこともある。


 部活にはまじめに取り組んでいて、テストも何だかんだで無難にこなしているので、教師陣もそれ以上突っ込んで注意できないらしい。


「まったく……テストで悪い点を取らないからといって、授業で寝ていいということにはならないぞ!」


「ふぁーい……」


「仕方ない。じゃあ春日野、この答えは?」


 数学の教師が春日野を指名すると、春日野は少しも動揺を感じさせることなくハッキリとした口調で答えを述べる。


「はい。x=1で極大値、x=5で極小値を取ります」


「正解だ。ではその具体的な数値だが……っと、時間か」


 極大値と極小値を誰かに答えさせようとした教師を、4時限目の終了を告げるチャイムが妨害した。


「では今の問題を各自確認し、その下に載っている練習問題を解いておくように。以上」


 道具をわきに抱え、数学の教師が教室を後にすると、教室は活気に包まれる。


 いくら進学校と言われているとはいえ、生徒の全員が勉学を死ぬほど愛している訳ではない。


 まして、昼休み前の空腹がマックスに近いときの数学の授業など、正直苦痛以外の何者でもない。


「んー! やっと終わったぜ!」


 俺の前の席に座っている滝本が、両腕を真上に伸ばして身体を動かす。


「お前、ほとんど寝てたじゃねーか」


 一応、今回も釘を刺しておいてやるか。


「そうよ滝本。いくらテストで点が取れてるからって、寝てばっかだと先生の心証悪いよ?」


 瑞穂も加勢するが、滝本は、


「いつものことだろ? ま、気楽にいこうぜ」


 と、人の忠告をサラッと受け流し立ち上がった。


「さて、と。雪納、飯買いに行こうぜ」


 俺と滝本は普段、購買でパンなどを買っている。


 食べるのは教室で、その時は瑞穂と、瑞穂の友達が数人グループに加わる形になる。


 だが、今日は残念ながら遠慮しなければならない。


「悪い、今日は食堂で食うわ」


「えっ、どうしたの急に」


 当然、普段の俺とは違う行動に疑問を持った瑞穂が理由を聞いてきた。


「僕がお願いしたんだ。昼休みに、みんなが良く使う場所だけで良いから紹介してってね」


 俺の後ろの席になった春日野が、授業中に計画していた通りのセリフを言いながら立ち上がった。


「そういう訳だ」


「じゃ、じゃあ私も……」


「良いけど、確か次の化学の実験、瑞穂の班が準備の当番だったよな? 食堂と化学実験室は結構離れてるから、止めといた方が良いと思うぜ?」


「あっ……」


 俺に言われてそのことを思い出した瑞穂は、持ち上げようとしていた身体を椅子に下ろす。


「じゃあ俺も……」


「お前は瑞穂と同じ班だろーが滝本」


「ぐっ……まさか雪納、これをチャンスとばかりに春日野さんとお近づきになろうって魂胆じゃないだろうな!?」


 俺の両肩をグッと掴んで顔を近付けてくる滝本。


「……お前じゃあるまいし、そんなことするかよ。それより放せよ、早くしないと食堂の席が埋まるだろ」


 食堂は高等部と中等部の中間に位置していて、どちらの生徒も利用できるようになっている。


 広大な食事スペースは確保されてはいるが、双方から人が押し寄せるためすぐに空席など無くなってしまうのが普通だ。


 今ならまだ、ギリギリで二人座れるだろうけど、もたもたしているとアウトだ。


「そんなに春日野と話したいのなら、食堂までの途中で話せよ。購買は食堂の隣だし」


「……仕方ない、今回はそれで手を打ってやろう」


 何故か上から目線の滝本。


「わ、私も購買行く!」


 教室を出ようと歩き出したその時、瑞穂がそう言いながら急に立ち上がった。


「あれ? 瑞穂って弁当だよな?」


 俺からすれば信じられないことだが、瑞穂は毎日自分の弁当を作って持参している。


「あ、えと、お茶がないの! だからそう、飲み物を買いに!」


「あー、なるほどな。んじゃ、行くしますか」


 こうして、パーティーに瑞穂を加えた俺たちは教室を後にする。


 ……でも瑞穂のやつ、冬は温かいお茶を水筒に入れて持ってきてるはずだ。


 3時限目の生物と次の数学のあいだの休み時間の時にも、バッグから水筒を出して飲んでいた。


 あの時の様子だと、まだ中身は十分に残っていたと思うが……?


『悪いことしちゃったかな……』


 急にどうしたんだ、春日野。


『夕霧さんのことだよ。僕が食堂で食べたいなんて言い出したから、彼女……』


 そういうことか。


 確かに、普段みんなで食べてるから、瑞穂や滝本からすれば意外だったことは間違いない。


『まぁそうなんだけどさ。それだけじゃなくて……』


 なんだ、釈然としないな。


 というか、春日野なら瑞穂の考えてることも分かってるんじゃないのか?


『いや、それはないよ。僕が考えを読めるのは、君だけなんだ』


 どうしてだ?


『そもそも、僕が君の考えを読めるのは、僕と君との間にダークマターによるつながりがあるからと考えられる。でも、僕と夕霧さんとの間には、何のダークマター的つながりもないからね』


 ああ、そういうことか。


『あくまで仮説だけど、多分そういう理屈のはずなんだ。……でもまぁ、夕霧さんの考えてることは、別に考えを読まなくても分かるけどね』


 へぇ、それはすごいな。


 俺も、普段は瑞穂の考えてること大体わかるけど、今日のアイツは何だかいつもと違う感じで、何考えてんだかまったく分からないな。


『まったく、君って人は……』


 ん、何か言ったか?


『……』


 俺の呼びかけに、春日野は一瞬だけ俺の方を見ると、後はずっと瑞穂のことをどこか愁いを帯びた表情で見つめていた。










「「いただきます」」


 高等部と中等部の生徒でごった返す食堂。


 何とか二人分の席を確保することに成功した俺たちは、それぞれ食べたいものを注文し、今まさに口に運ぼうとしている。


 俺が昼食に選んだのはから揚げ定食で、春日野はハンバーグ定食だ。


 春日野がナイフでハンバーグに切り込みを入れ、切り出した部分にフォークを差すと口に運ぶ。


 思っていたより熱かったのだろう、口に入れた瞬間わずかに顔をしかめた春日野だったが、ゆっくり肉を噛むうちに表情をほころばせる。


「んー、おいしー!」


 俺と二人っきりの時は声を出すことがほとんどなかった春日野が、隣の席に座っている女子グループがこちらを見るほどの声を漏らした。


「大げさすぎだろ」


 表面上、俺はそう言って苦笑いするが、春日野の満足げな笑みは十分理解できる。


 10年も幽霊として存在していた春日野にとって、これは10年ぶりの食事ということだろうからな。


 ちなみに、本当は朝食が10年ぶりの食事だったが、あの時は瑞穂たちがいたため感動を表現できないでいた。


 それにしても、10年ぶりの食事……通常の生活では絶対にありえない日本語だ。


 今春日野が感じている喜びがどんなものか、残念ながら俺は春日野の心を感じることはできないので分からない。


 いや、仮に俺が春日野の心を感じられるとしても、その喜びの奔流を俺は理解できないだろう。


 ……なんて、俺が感傷に浸っている間にも、春日野の食事はどんどん進んでいた。


 俺も箸を手に取ると、から揚げを一つ口の中に放り込む。


 噛むことで口の中に広がるうまみ。


「ねぇねぇ、君のそのから揚げ、一つくれない?」


「ん? あ、ああ、いいぞ」


「ありがと!」


 春日野は嬉々としてから揚げを一つつまむと、口の中に入れる。


「ん、こっちもおいしいね!」


「……今までの中で、今が一番の笑顔だな」


「それはそうだよ! だって10年ぶりの食……」


 俺は慌てて口を塞ごうとしたが、その前に春日野が自ら言葉尻をすぼめると周囲の様子をうかがう。


 先ほどこちらを見ていた女子グループが特に気になったが、全員で誰かの携帯の画面を覗きこんでいるようで、こちらの会話は聞いていないようだ。


「ふぅ……」


「ふぅ、じゃねーよ! 気持ちは分かるけど、10年ぶりの食事なんて意味不明なこと大声で言ったら、確実に注目の的だろ」


「はは、ごめんごめん」


「第一、なんで食堂で飯食うんだ? 昼話そうって言ったのは俺だけど、別に教室でも良かっただろ? 心の中で話せばそれで良かったんだし」


「それはそうだけど、それだと、僕たちは食事して、心の中で二人だけで話しながら、口では他のみんなと話さないといけないんだよ? 混乱しないかい?」


「……確かに」


 言われればそうだ。


 絶対、途中で受け答えがごちゃごちゃになる自信がある。


「でしょ? だから食堂を選んだんだ。この時間帯の食堂なら、少し声を抑えれば他人には聞かれにくいからね」


「本当は声に出さない方が良いんだろうけど、二人で一言もしゃべらずに飯食ってるのは、それはそれで不気味だからな」


 二人の男女が対面して座りながら、一言も発さずただ食事だけをしている……うん、改めて想像したが、これはないな。


「それじゃ、そろそろ本題に入ろうか。何から聞きたいんだい?」


「うぐ? ん、そうだなぁ……」


 ご飯をみそ汁で流し込み、聞きたいことを順序立てる。


「まずは、何と言ってもこれだろ。どうして、10年前に死んだはずの春日野が、こうして大和旭にいられるか」


「まぁそこだよね。と言っても、君もある程度は察しがついてるんでしょ?」


「そりゃ、な。ただ、察しがついてるだけで理由というか、仕組みが分からないんだよ。……ダークマターってのは、個人の存在情報を改竄できるほどの力があるのか?」


「結論から言えば、あるよ。ただ、僕が書類上で存在できるのはここ、大和旭だけ」


 ……ダメだ、春日野が何を言いたいのかさっぱりわからない。


「大和旭は世界で唯一のダークマター研究機関だ。それは君も知っての通りだけど」


「ああ」


「そのため、大和旭はダークマターで満ち溢れているんだ。目には見えないけどね」


 ダークマターってのは、電磁相互作用をせず色電荷を持たない、つまり光学的には観測できない物質だ。


 だから、当然目には見えない訳なので、大和旭がダークマターの研究機関だからここがダークマターに満ち溢れている、というのは一見すると信じられない。


 でも、こうして春日野が存在できたり、『凍った炎』なんて訳の分からないものを現実にできるのだから、確かに存在しているのである。


「そして、ここまで濃度が濃くなったダークマターは、光学的には観測できなくても事物に干渉し得るようになるんだ。それはもう、様々な形でね」


「その様々な形の一つが、春日野が転校してきたっていう存在情報の改竄か?」


「うん。でもさっき言ったように、これはあくまでダークマターで満たされている大和旭の中だけの話なんだ。外に出れば、僕はたちまち死人に逆戻りさ」


 そこで言葉を切ると、春日野はまたハンバーグを切り分けると口に運ぶ。


 俺もから揚げを一つ食べながら、話を整理する。


「……つまり、学籍はあるけど、市役所とかに戸籍はない、そういうことか?」


「そういうこと」


「ダークマターの濃度がうんぬんってことだが、そうすると、春日野は大和旭の外ではその身体も維持できない?」


「うーん。いや、それは無いと思う。僕の個体としての存在は、君との強固なつながりの上に形成されているからね。君が死んだり、ダークマターを操れなくなったりすると、途端に消失することになると思うけどね」


「俺次第ってことか。ま、ちゃんと成仏できるまではこの関係を断つつもりはないし、そこは気にしなくていいぞ」


「……ありがとう」


 春日野が淡く微笑んだ。


 さて、一つ目の疑問は解消された。


「次は、僕がなぜ転校生だなんて設定を持ち出したか。当たってる?」


「ああ。春日野が不幸にも巻き込まれた事故だけど、人が死ぬような事故なら資料室に資料がない訳がない。今日か明日には終わりそうな調べ物をするために、わざわざ大規模な存在情報の改竄を行ってまで転校生を演出したのは何でだ?」


 俺が半日ずっと疑問に思ってきたことを春日野にぶつけると、春日野はハンバーグを切る手を止めてややうつむく。


「……? どうかしたか?」


「……ただ純粋に、転校生として過ごしてみたくなったから、って言ったら、君はなんて思う?」


「っ……」


 感情を押し殺したその声に、俺は今の質問を悔いる。


 やはりそうだったのか。


 春日野は昨日の夜、心残りが無くなったら消えると言っていたが、あれは強がりだったのだ。


 少し考えれば分かることだ。


 高校三年生にして、自分でも訳の分からないうちに死んでしまったとなれば、未練がない訳ない。


 未練を持ってこの世をさまよい続け、ダークマターの力を借りて奇跡とも呼べる復活をしたのだから、もう一度生きてみようと思うことのどこがおかしいだろうか。


「……いや、それは至極当然……」


「……くく」


「?」


「くくく……」


 なんか、春日野が今度は急に笑い始めた。


 何がどうしたというのだろうか?


「おい、春日野?」


「ふふふ……いやぁ、ごめんね雪納」


「何を謝ってるんだ……?」


「さっきのやつ、演技だよ」


 は?


「おいこらちょっと待て。俺心の中でめちゃくちゃ悔やんだんだぞ!?」


「うん。全部知ってる」


「~~っ!!」


 どうやら、俺は春日野のやつにおちょくられていたようだ。


 少量の怒りと大量の羞恥がないまぜになったこの感情をどうしてくれる!!


「ほらほら雪納、そんな風に身体をプルプルさせてると、変な人みたいだよ?」


 誰のせいだと思ってんだコイツはー!!


 くそっ、このやり場のない感情をぶつけるのはから揚げ定食、お前だー!!


 というわけで、ご飯をかきこんでみそ汁で流し込み、から揚げを二個同時に口に放り込む。


「から揚げの『解せぬ』って声が聞こえてきそうだよ?」


「んぐんぐ……俺はお前の演技に解せぬ」


「ごめんって。なにせ、誰かとこうやってやり取りするのも10年ぶりだからね。面白くてさ」


「お前、10年ぶりって言っとけばなんでも許されると思ってないか?」


「……多少?」


「多少でも思ってんじゃねーか。からかうなら滝本にやってくれ。アイツなら喜んでからかわれてくれると思うぞ」


「なるほど、覚えておくよ。それで、君の二つ目の疑問に対する答えだけど」


 そうだった、すっかり忘れていた。


「さっき君は、僕が死んだ理由は今日か明日には分かるんじゃ、って言ったけど……実は、そうもいかないかもしれないんだ」


「……どういうことだ?」


 春日野の表情は、演技していた時の悲しげなものでもなく、その後の笑顔でもなく、険しいものになっていた。


「実は僕、昨日のあいだに資料室に行ってたんだ」


「え、そうだったのか?」


「うん。夜、君がお風呂に入っているあいだにね。目的はもちろん、僕が死んだときのことが載っている新聞やら、資料を探しにね」


「そうか……あれ、でも春日野が今もこうして存在しているってことは、納得できるような資料が無かったってことか?」


 もし、春日野の納得のいくような資料があったならば、春日野が現世に留まっている理由が無くなって成仏してるだろうからな。


「ああ。昨日僕は、衝動を押さえきれずに一人で資料室にむかった。僕が死んだときの資料を見つけて、君に置き手紙でもしてから消えようと思ってたんだけど……」


「だけど?」


「無かったんだ。僕が死んだと思われる、10年前の事故に関する資料が。一つもね」


「何だと……」


「それだけじゃない。資料室には、歴代の卒業生の卒業アルバムもあったんだけど、僕の代の卒アルだけ見つからなかった」


「それは……奇妙だな」


 俺は茶碗に残っていたご飯を口に運ぶと、ご飯特有の甘みを感じながら思案する。


「だろ? で雪納、君の見解を聞きたいんだけど……」


「見解と言われてもな……」


 生徒が死んだ事故に関する記録がないなんてことは、通常では考えられない。


 だがここは、非常識が常識になるような場所だ。


 通常などという言葉に縛られていては、答えは出せないだろうな。


 さて、生徒が事故で死んでしまった時、学校側はどんな対応をするだろうか。


「その事故で、学校側に過失がない、あるいはあっても考慮できる事情が存在するならば、学校は事故を正確に公表するだろうな」


「僕と同じ考えにたどり着いたみたいだね。そう、事故の資料や記録が無いということは、僕の巻き込まれた事故が、大和旭大学や高等部にとって都合の悪いものだった、と考えられる」


「いつの世も、隠ぺいってのは付きまとうもんなんだな」


「悲しいことに、ね。でも、資料が無くなっているのは学校側の隠ぺいだとして、卒業アルバムの件はどう考えればいいんだろう?」


「卒業アルバムに、春日野が死んだことに関する何らかの詳細が載ってる……とは考えにくいな」


 卒業アルバムに載っているものといえば、卒業生全員の顔写真や、修学旅行時の写真などだろう。


 そんなところに、春日野が巻き込まれた爆発事故の写真なんてないだろう……というより、そんな都合の良い写真があるはずがない。


「……実はその事故で死んだのは春日野だけじゃない、ってのはどうだ?」


「……卒業予定者が大量に巻き込まれたってことかい?」


「ああ。そのくらいの規模になれば、いくら隠ぺいしたくても限界がある。仮に事故の中身を改変し、死んだ生徒の保護者たちの声を封殺できたとしても、卒アルには大量の『欠員者』が出ることになる」


「学校が、その年だけ卒アルの発行を認めなかった?」


「かもしれないって話だ。でも、そこまでの事故だと、そもそも改変自体が不可能な気もするけど……」


「……今の段階じゃ、これ以上は何とも言えそうにないね。放課後、もう一度資料室に行ってみるよ」


「俺も行こう。ついでに、当時のことを知る先生が一人でもいればいいんだけど……」


「残念ながら、当時ここで教師をしていた人は全員、去年までに退職なり異動になってるんだ」


「……ま、10年も経てばいなくて当然か」


 腕時計を見る。


 結構時間が経っていたらしく、そろそろ教室に戻って次の授業の準備をした方が良さそうだ。


「んじゃ、この一件は放課後に」


「そうだね」


 俺と春日野は、それぞれの食器を持って立ち上がった。


 ピークは過ぎたとはいえ、まだ人の多い食堂を、食器返却口に向かって歩く。


 この時間帯、一番混むのは食器返却口周辺であり、今もちょっとした列が出来ていた。


 俺たちは、中等部と思われる女の子の後ろに並ぶ。


「久しぶりに来たけど、ここまで混むんだな……ん?」


 視線を少し下に動かすと、前に並んでいる中等部の女子が俺のことを見ていた。


 俺はその顔に見覚えがあった。


「あれ、昨日の……」


「意外そうな顔をされていますが、今日ここで冬野先輩と出会うことは、私にとっては既定事項でしたので、特に驚きはありません。フフフ」


 その女の子は黒見さんだった。


 今のセリフから考えるに、俺と会うことは占いで分かっていた、ということだろう。


 本当かどうかは知らんが。


「あ、信じていませんね?」


「そりゃ、占いなんてちょっとやそっとじゃ信じられ……」


「誰と話してるんだい?」


 後ろから春日野が、覗き込むようにして俺と黒見さんとの会話に割って入ってきた。


「……中等部の子?」


「ああ。黒見玲さんだ。中等部三年生で、何でも占いができるらしい……」


 そこまで言って、俺の脳裏に昨日の夜のことがフラッシュバックしてきた。


『……春日野綾』


『その名を持つもの、冬の上に降臨す。冬は暗黒の使い手。されど、冬なくして陽光の春はなし』


『冬野先輩は、非常に興味深い存在ということですよ。フフフ……』


 そうだ、黒見さんは春日野のことを予言していた。


 あの時、春日野のことを認識していたのは俺だけだったはずだ。


 にもかかわらず黒見さんは、春日野の名前を口にした。


 やはり噂通り、かなりの確率で当たる占いだということなのか……?


「玲ちゃーん。どしたのー?」


 そんな声が聞こえてきて視線を前にむけると、黒見さんと同じく中等部三年生の女の子が、食器を返却口の棚に置きながらこちらを見ていた。


「私のクラスメートです。では先輩、私はこれで。あ、私が後輩ですから、さん付けは結構ですので」


 そう言って黒見さんは、去り際に春日野へ視線を送るとクラスメートのところへ走って行った。


「……ほら雪納、僕たちも前詰めないと」


「あ、ああ」


 食器を棚へ返しながらも、俺の視線は食堂を後にする黒見さんの背中へとむけられていた。


 恐らく、春日野とはまったく違う意味で特殊であろう少女の背中へと。

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