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08.8.3%の必然

サブタイ、8がつながってるように感じられますね……

 朝、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響くまで、教室は騒がしさに満ち溢れている。


 数人で一人の席を囲んで談笑したり、トランプやゲームで盛り上がるグループもある。


 俺も普段なら、滝本や他のクラスメート達と自由な時間を過ごしているのだが、今日は一人で席についている。


 左手首に付けている、腕時計と一体型の携帯電話で学内ネットの情報を調べるためだ。


 時計の外周部のボタンを押すと、腕時計から一筋の青白い光が伸びる。


 光は、俺の目から20センチくらいのところに様々なメニューが表示された画面を投影している。


 人差し指でインターネットを示すアイコンに触れると(実際はただの光なので、触れるという表現は適当ではないが)、画面が切り替わり、検索やお気に入りといったメニューが表示される。


 俺はそこにある『学内専用ネットワーク』をタッチする。


 再び画面が切り替わりると、そこにはイベント案内や休講の知らせなど、学校が発信する様々な情報が映し出される……が、今用があるのはそこではない。


 画面を下にスクロールし、掲示板へのリンクをタッチする。


 色んなスレッドのタイトルの中に、俺の見たいスレッドがあるのを見つけ、思わず息を止めてそれを注視する。


『この時期に転校生がくるらしい。しかも女子!!』


 男子が立てたであろうことが容易に想像できるタイトルのスレッドを俺は開く。


 自然と早くなる鼓動を全身で感じながら、画面をスクロールして表示される文字列に目を通す。


『どのクラスかは分からないけど、一年生に転校生が来るらしい。しかも女子』


『マジ? この時期の一年って、四月からのクラス編成のために適合率判定試験やってんだろ? そんな時に転校なんてしてくるのか?』


『そもそも、大和旭高校自体が他とはカリキュラムが違いすぎるから、転校なんてしてきても授業についていけなくね?』


『そんなことより、女子って噂だけど誰か顔とか見たのか?』


『>>219 あくまで噂。でも色んな所で言われてるから信憑性はあると思う。後は朝のホームルームが終わったら、各教室を見てまわればおのずと判明すると思われ』


 ……どうやら、マジのようだ。


 腕時計のボタンを押して画面を消すと、息を吐きながら天井を仰ぐ。


 一体どういうことなんだ。


 春日野は10年前に大和旭大学の研究室での爆発事故に巻き込まれて死んだ、と本人は言っていた。


 なぜ当時高等部三年生だった春日野が、大学の施設の事故で死んでしまったのかは謎だが、恐らく進学のために大学を訊ねていたところで不幸にも事故に巻き込まれてしまった、と考えるのが自然だろう。


 大和旭大学の学生は、研究内容の特異性が理由で、そのほとんどが高等部から進学してきた人だし、おかしなところはない。


 そしてこれも当たり前だが、死んでしまった人は転校なんて出来ようもない。


 しかし、ネット上ではすでに噂になっていることを考えると、春日野が転校生として学校生活を送ることになることも疑いようがない。


 ……後は、春日野に直接聞いてみるしかないな。


 ところで、春日野はどのクラスに所属することになるのだろうか。


『気になるかい?』


「おわっ!?」


 不意に脳内に響いてきた声に、俺は思わず教室中に聞こえる大きさで変な声をあげてしまった。


 当然、教室にいた全員の視線が俺に集中する。


「ゆ、雪納? どうかした?」


 隣の席で友達と談笑していた瑞穂が、教室中に広がった沈黙を破って声をかけてきた。


「あ、ああ、いや、目の前をいきなり虫が飛んで行ってな。つい声が出ちまった」


 まさか本当のことは言えないのでそれっぽい理由で誤魔化すと、少し離れたところで数人の友達とゲームに興じていた滝本が、


「なんだよ雪納、女子みてーだな?」


 とニヤニヤしながら一言。


 その一言で、クラスメートたちのあいだに小さいながらも笑いが起こり、教室の空気は先ほどまでのゆったりしたものに戻っていった。


 瑞穂だけ、クラスメートの視線が無くなった後も俺のことを気にするような視線を送っていた。


 昨日のことがあったから、気にかけているんだろう。


 俺が一言、「大丈夫」と瑞穂に言うと、心配性の瑞穂もようやくホッとした表情を浮かべた。


 ……さて、これでやっと元凶と話せるわけだが。


 おい、春日野。


『はいはい』


 お前、今どこにいる?


『生徒棟の階段を上ってるところ。もうすぐ一年生の教室がある四階に着くよ』


 ってことは、この教室からは少し離れてるな。


 まったく、近くにいなくてもこっちの心が読めることをあらかじめ言っておいてくれよ。


『まぁまぁ。おかげで、虫が視界に入ってきたら奇声を上げちゃう、女の子みたいな属性を手に入れたじゃないか』


 いらねぇよそんな属性。


『はは、ごめんよ。でもこれ、距離が離れると精度が低くなるみたいだね。君の声がちょっと遠く聞こえる』


 言われてみると確かに、これまでより春日野の声が小さく感じるし、ノイズのような雑音も混じっている。


 俺と春日野のタークマター的つながりは、距離に比例して強くなるということだろうか。


『そうなのかもね。でも、このくらいの影響なら会話に不自由はなさそうだね』


 こっちの考えてることが筒抜けってのは、個人的には何とかしたいんだが、それはどうしようもなさそうなので諦めるとしよう。


 して、春日野はどのクラスの所属になったんだ?


『ちょうど今、その教室が見えてきたよ。チャイムが鳴って、そのクラスの担任が僕のことを紹介してから入室することになってるんだ』


 なるほどな。


 一年はAからLまで12クラスあるわけだから、春日野が俺のクラスの所属になる確率は約8.3%という低いものだ。


 ……だがなぜか、この8.3という数字が俺には信じられない。


 正直に言えば、100%の確率で俺と春日野は同じクラスになりそうなのだが……


『それは僕の口からは何とも言えないね。でも一つだけ、その8.3%っていうのは、何の意志もクラス選択に関与してない場合に限られるってことだね』


 ……なんか、オチまで含めて結果が見えた気がする。


 まず、俺たちのクラス担任である森本義一もりもと よしかず先生が、チャイムと当時に教室前方のドアから入ってくる。


 そして、まずは普段通りに、


「チャイム鳴ってるぞー。席につけー」


 と言いながら、教卓に名簿やらファイルやらを置き、教室を一通り眺める。


 全員そろっていることを目視で確認すると、ゴホンと咳払いを一つする。


「あー、今日は普段通り連絡事項を伝える前に一つ、特別事項としてみんなに言うことがある。すでに知っている者もいると思うが、一年に転校生が一人来た。その転校生だが、ここA組に入ることになった」


 森本先生の言葉に男子の大部分は色めき立ち、女子はそんな単純な男どもを見てやや呆れ、俺は机の上に腕を組んであごを乗せ、さも興味なさげに次の展開を待つ。


「よし、入っていいぞ」


 先生の呼び声から間をあけること約二秒、ドアがゆるやかに開かれ、俺の想像していた人物が笑顔を浮かべながら入ってきた。


 春日野の笑顔に、男子(俺を除く)のテンションがさらに上昇する。


 まぁ確かに、転校生がさわやかな笑顔で入ってきたら可愛さ120%になり、第一印象はかなり良いものになるだろう。


 ちなみに、俺の春日野に対する第一印象は、可愛さ105%、驚き500%だったことをここに記しておこう。


 春日野が森本先生の隣に立つと、先生は持っていたタブレットに文字を書き始める。


 タブレットには春日野の氏名を書いているらしく、タブレットと無線でつながっている電子黒板に『春日野綾』と文字が映し出された。


「あー、春日野綾さんだ。彼女は家庭の事情と、本人の『大和旭で学びたい』という二つの理由で、はるばる東京から転校してきた。慣れないことも多いだろうから、全員でサポートしてあげるように」


「先生ー、早速一時限目からダークマター序論ですけど、春日野さんは受けて大丈夫なんですか?」


 恐らく全員が持っていたであろう懸念を口にしたのは、今朝春日野と一触即発な状態になり、現在は和解している……と思われる瑞穂だった。


「その点については問題ない。春日野はダークマターに以前から興味があったらしく、転校してくる以前から独学で勉強していたとのことだ」


 森本先生のその言葉に、教室中にざわめきが広がった。


 それもそのはずで、大和旭に通わない人間がダークマターの勉強を独学で行うことはかなり難易度が高いからだ。


 教科書は大和旭大学の教授陣が執筆しており、一般の市場には出回らないようになっている。


 外部の人間がダークマター関連の書物を手に入れるには大和旭大学を介さなければならないが、頼めば誰にでも販売しているという訳ではない。


 注文時に購入者の検査が行われていて、日本国籍を持っていなければ購入できないようになっている。


 また、日本国籍を持っていても普通に購入できるのは、文部科学省の指定を受けた大学の教授、助教授だけだ。


 それ以外の人が買うには、家族や友人を含めた広い範囲の人間関係の徹底的な調査を受け、性格検査と学力試験をパスする必要がある。


 ダークマターに関する情報の大部分が高い機密レベルを求められているというのが原因なのだが、ハードルの高さゆえに独学で学ぼうとする人はほとんどいないらしい。


「さらに、春日野はお前らとは別に適合率判定試験も受けている。冬野に引けを取らない適合率で、来年のクラス編成でDM科所属になるのは間違いないだろうな」


 またしても広がるざわめき。


 そのうち滝本が、春日野にも変なニックネームを付けそうだな。


『ダークマターの声を聞けし巫女、とかどうだい?』


 自分で自分に変な名前付けてるし。


 というか、巫女ってのは本来神に仕える人のことだぞ。


『堅いこと言わない』


 へいへい。


「あー、もうすぐ一限が始まるが、春日野、みんなに一言」


 森本先生のフリに、春日野は満面の笑顔で、


「みんな、これからよろしくッ!」


 その笑顔を受けて、クラス中のみならず、廊下から教室の中を覗いていた大勢の男子からも拍手が沸き起こった。


 ……そのうち、ファンクラブとかできたりしないだろうな?


『もちろん、君は一桁台の会員になってくれるんだろ?』


 何言ってんだコイツは。


 ところで春日野、後でじっくり話がしたいんだが。


『今みたいに念話で良いならいつでも良いよ?』


 いや、授業中は授業に集中したいから、昼でいいか?


『オッケー』


 こうして、秘密会議の約束を取り付けた俺の耳に、一限目の開始を告げるチャイムの音が届いてきた。


 教室の外で春日野に注目していた野次馬も、その音を聞いてわらわらと散っていった。


 こうして、普段とちょっと違った朝は終わりを告げ、普段通りの午前中が始まった。

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