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05.再会

「……」


 食堂で夕食を済ませた俺は、部屋に戻るとベッドに寝転がる。


 仰向けになり、両手を頭の下に組んで天井を見つめる。


 テレビもつけていない今、部屋に聞こえる音は、エアコンが暖かい風を吹かせる音と、時折低くうなる冷蔵庫の音だけだ。


 考え事をするには十分な環境音だ。


「春日野綾、か……」


 食堂で瑞穂や滝本と夕食を食べている時も、春日野さんのことが頭を巡っていた。


 一目惚れとかそういうことではない。


 あまりに出会いが唐突で、衝撃的で、幻想的だったからだ。


 突然光が視界を奪い、そこに立っていた黒髪にコバルトブルー色の瞳の少女。


 あまりに現実離れしていた光景に、あれはダークマターの処理に混乱した俺の脳が見せた幻影だったのではないか、夕食を食いながらそう考えもした。


 しかし、寮の入り口で出会った黒見さんの放った一言の存在がその推測を横槍を入れる。


 もし春日野さんが幻だというのなら、黒見さんは幻を占いの先に見たというのか?


「いや、それは……」


 ゴロンと、仰向けにしていた身体を横向きにする。


 いくらなんでも、それは占いの範疇を越えている気がする。


 それより、黒見さんが去り際に言い残していった言葉が気になる。


『その名を持つもの、冬の上に降臨す。冬は暗黒の使い手。されど、冬なくして陽光の春はなし』だったか。


 冬の上に降臨す、というのは分かる。


 今は2月、立春は過ぎてはいるが、まだ冬の寒さを全力で提供してくれている。


 春日野さんが俺の前に現れるのはまさに2月だったわけで、間違っていない。


 次の、『冬は暗黒の使い手』というのがよく分からない。


 確かに、イメージ的な意味では、冬は日が暮れるのも早いし、どことなく暗いイメージはある。


 しかし、それだけで冬を暗黒の使い手と称するのはどうなのだろうか。


 それとも、占いの世界ではそれだけでも十分なのか?


 最後の『冬失くして陽光の春はなし』も微妙だ。


 いや、字面通りに考えれば『冬が無ければ春は来ませんよ』という意味だろう。


 しかし、これでは『その名を持つもの、冬の上に降臨す。冬は暗黒の使い手。されど、冬なくして陽光の春はなし』全体としては、まったく意味の分からない文になってしまう。


「分からん……」


 目をつむって脳内で何度もリピートさせていると、ふと黒見さんのその後の言葉が思い出された。


『冬野先輩は、非常に興味深い存在ということですよ。フフフ……』


「……ハッ、こっちも興味が出てきたじゃねーか」


 俺に興味を持ったという中等部三年の黒見玲。


 そしてなにより、その黒見さんが俺に興味を持つようになった原因である春日野綾。


「ま、会ってみれば全部解決なんだけどな」


『誰に会うんだい?』


「誰って、春日野綾さんだよ。っていうか、その声、アンタじゃねー……か?」


 えと、俺は誰と話しているんだ?


 寮の部屋は一人一室あてがわれていて、広さも一人暮らしが前提の六畳程度だ。


 たまにカップルが無理やり一部屋に住んでいるという話を聞くが、俺は残念なことにそんな幸福に恵まれていない。


 何と言っても、この声……


「ま、まさか……!?」


 俺は声が聞こえてきた天井近くを見るべく身体を動かす。


 まず飛び込んできたのは、大和旭大学付属中学・高校で共通の、女子のスカート……の裏側だった。


 次に見えるのは、スカートから伸びる陶磁器のような白い肌をした足と、その足の付け根部分に見えるこれまた白いパ……いや、ここはホワイトホールと呼んでおこう。


 ホワイトホールに吸い込まれそうになる視線を何とか動かし、その人物の上半身を見る。


 起伏にやや乏しい胸部で一瞬目を止め、そこからにさらに上へ。


 肩口まで伸びる黒髪が見え、コバルトブルー色に輝く瞳。


 紛れもない、適合率判定試験の最中に輝きをともなって俺の目の前に現れた春日野綾、その人が立って……違う、浮いていた。


「なっ……」


『やあ、久しぶり。といっても、数時間前に会ったばかりだけどね』


「ど、どうして……」


『どうして僕がここにいるのかってことかい? 確かに、入り口には鍵がかけてあるみたいだね。その謎も含めて君にこれから話したいことがあって来たんだけど。でもその前に、一ついいかい?』


「な、何だ……?」


『君、僕のスカートの中を凝視してホワイトホールと称したり、胸部を見て起伏に乏しいとか考えてただろう? これでもレディなんだよ僕は』


「いやでも、口に出してな……あ、いや、そうか」


 突然のことで全然意識していなかったが、春日野さんにはこっちの考えていることが筒抜けだったな。


『そうそう。だから、今度からは気をつけてほしいな』


「気をつけろと言われても……なら浮いている理由はともかく、まずは降りてきてくれないか? そこにいたら、少なくともホワイトホールに関してはアンタも反論するに値しないぞ」


『む……まぁ、そうだね』


 スカートの端を押さえながら、春日野さんはスルスルと下に降りてきて……


「ごふっ」


 なんと、そのまま俺の腹の上に降りてきた。


「お、おい、重い……」


『……君、デリカシーというものを知らないのかい? 女の子に対してストレートに重いって言い放ってくるなんて。そんなんじゃ、リア充にはなれないよ?』


「いくら女子とはいえ、お腹の上に乗られたら重いって言うと思うぞ!? そもそも、降りてくれとは言ったが乗ってくれとは言ってないし! 突然乗られたら、無意識に重いって言うわ!」


『ハハ、ごめんごめん。いや実は、これはわざとじゃなくって、君に僕の重みってやつを実感して欲しくてやったんだ。今降りるよ』


 そう言いながら、春日野さんはベッド……もとい、俺の上から降りた。


 重みから解放された俺は、起き上がるとベッドの上であぐらをかく。


『そうそう、僕のことは呼び捨てで構わないよ』


 そしてこのモノローグ読みである。


 こちらも相手の考えていることが分かるのならまだしも、一方的にこちらだけ読まれているというのは、不気味かつ不公平感があるな。


 さらに言うと、春日野は口を動かしていない。


 いわゆる念話というやつなのだろうか?


『まぁ、そうとらえてもらって大丈夫かな』


「サラッと言うなよ。……なぁ、春日野」


『君の言いたいことは分かってるよ。僕が何者かってことだろう?』


 そう。


 春日野も俺と同じ、ダークマターを扱える人間なのだろうが、それだけじゃどうも納得できない。


「ああ。俺の予想だと、春日野は相当のダークマター使いなはずだ。じゃないと、俺との間に相互干渉なんて起こらなかったはずだ」


『うん。それで?』


「だけど、もしそうなら今日の適合率判定試験の前から噂になっていたはずだ。実際に俺たち一年がダークマターを扱うのは今日が初めてだけど、事前の検査、および暗黒物質照射の段階で、その人がどのくらいダークマターと適合するかはある程度分かってるからな」


『ふむふむ』


 春日野に、こちらの話の腰を折って何かを言ってくる様子はない。


「分からないのはここなんだ。俺は噂とかあんまり気にしないほうだけど、全員がそうってわけじゃない。げんに、俺の知り合いに滝本ってやつがいるけど、そいつはかなりの噂好きだ。あんたがダークマター使いとして凄そうだという噂があったなら、滝本を介して俺の耳にも入っていておかしくない。じゃあ、春日野がダークマター使いとしてそこまでじゃないのかと言われると、そんなこともないはずだ」


『そこまで褒められると照れるよ』


「ダークマターに関する知識も、高等部一年にしてはかなり豊富そうだしな」


『いやいやそれほどでも』


「さて、ここまでが俺の疑問点だ。回答をお聞かせ願おう」


 俺の言葉を受けて、春日野は小さくうつむくと何やら考え始めた。


 何か説明に困ることでもあるのか?


『そうじゃないんだけどね。どっちかって言うと、説明の仕方で困ってるって感じかな』


「仕方?」


『うん。まぁでも、百聞は一見にしかず、かなここは』


 春日野がそう言うや否や、部屋の明かりが突如消えた。


「っ!? ま、また相互干渉ってやつか!?」


『違うよ。ただ、テーブルの上に置いてあった照明のリモコンを使って明かりを消しただけ。それよりさ……』


 頬を生暖かい風が撫でた。


 ゾクッとしたのもつかの間、今度は耳元でささやく声。


『君、幽霊って信じる?』


「おわっ!? み、耳元でささやくな!」


『雰囲気出てるだろ? で、信じてる? それとも信じてない?』


「し、信じてねーよ。21世紀も半ばまできて、この科学の時代に幽霊を信じられると思うか?」


『それは、幽霊がいないという前提でそれを科学が立証してくれるという立場に過ぎない。22世紀を見据える人間なら、前提を捨てて、科学が示す結果から真実を導かないと』


「じゃあ春日野は、幽霊はいるともいないとも、どちらとも言えない立場ってことか?」


『いいや、幽霊はいるよ』


「おい、それなら、アンタは幽霊がいるっていう前提に基づいてるんじゃないのか?」


 言ってることが無茶苦茶なような気がしてならないんだが。


『何しろ、僕自身が幽霊だからね』


「ああなるほどなる……ん? 今なんて言った?」


『僕自身が幽霊だと言ったんだよ。ゴーストだね』






 ……春日野が何を言っているかよく分からない、俺は間違っているのだろうか?



自分も、一度でいいから女の子に上に乗っかってもらいt……いえ、なんでもありません。

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