25.アナグラム
短めです。
なかなか更新できず、おまけに中身もそこまで濃くないという……申し訳ないです。
「よっと……」
瑞穂を背負った身体で、部屋の扉を開ける。
センサーが、部屋に入ってきた俺たちを検知して明かりを灯す。
「なるほど、これが先輩の部屋ですか……」
中等部の女子という、高等部男子の部屋からは一番縁遠い立場にある黒見が、グルリと視線を巡らせる。
「地味ですね……ってか?」
「それもありますが、どちらかというと、綺麗ですねの方が第一印象として申し上げたいところです」
「物をそんなに買わないからな。ごちゃっとした部屋が見たいなら、滝本の部屋に行ってみるといいぞ」
俺はサラリと本人のいないところで親友の部屋を小馬鹿にすると、瑞穂を自分のベッドに横たえる。
瑞穂は相変わらず安らかな表情をしていて、実は死んでいるのではとも思ってしまうが、ちゃんと息をしているのでその心配はない。
それに、これから始まる俺と春日野、そして黒見の会話は、瑞穂が聞いても混乱しか生まないだろうから、このままの方が都合が良いとも言える。
というより、俺も聞いても正直な話、状況を100%理解できるとは思えない。
「さ、始めるか。10年前と現在との情報交換を」
瑞穂に布団をかけると、俺はベッドの側面に背中を預けて座り込む。
カバンから紙とペンを取り出して、テーブルの上に置く。
「メモの取り方が古風だねぇ雪納」
「文字だけでメモを取るならまだしも、相関図とかも書こうと思ったら手書きの方が楽だろ? さ、どっちから話す?」
テーブルをはさんで向かい合うように座った春日野と黒見の視線が、一瞬交錯する。
おいおい、怖えぇよ。
「ここは僕から話すよ」
睨み合いからバトルでも始まるんじゃないか、という不安が頭をよぎったが、春日野が先に話すことでその心配は杞憂に終わった。
「じゃあ春日野からな。……そういえば春日野、屋上で言ってたやつ、結局何だったんだ?」
「ああ、仮説ね」
「仮説? そんな話、お二人でしてましたっけ?」
俺と春日野が念話をできるということを知らない黒見にとっては、俺たちの会話は意味の分からないものだろう。
「黒見は知らないことだけど、実は俺と春日野はダークマターの力で、声に出さずとも会話ができるんだよ」
「そんなことが……」
ダークマターの扱いに長けているであろう黒見も、流石に念話まではできないのか、不思議そうな表情を見せる。
「まぁ、僕の力が封印されてからはちっともできないんだけどね。あぁー雪納の妄想が読めなくなるなんてつまらないなー」
「そのまま力を封印され続けてくれないか?」
「……それより、その仮説というのは?」
俺と黒見の視線が春日野に注がれる。
春日野は、俺がテーブルの上に置いた紙とペンを自分の手元に引き寄せる。
「最大の謎は、茅野と名乗った亡霊の記憶だ。その記憶の中では霊は綾と呼ばれていて、そして僕の名前も綾であり、僕は記憶を失っている。関連ワードが被ってるから、僕が疑われている……」
そう言った春日野は、俺たちの言葉を待つこともなく、ペン先を出すとペンを走らせる。
紙に書かれたのはすべてひらがなで、『かやのあすが』だった。
「『かやのあすが』。この言葉の羅列が僕は気になった。どこかで見たひらがなばかりだからね」
春日野は『かやのあすが』の少し下にもう一列、ひらがなだけの文字列を書き始めた。
その文字列を見た俺と黒見は、互いに顔を見合わせた後、二人そろって春日野に視線を送る。
「アナグラムってやつだね。僕も最初は信じられなかったけど、これを偶然と言い切るのも難しい」
春日野が書いた二つ目の文字列、それは『かすがのあや』だった。
「よく見つけたな……でもこれ、何を意味しているんだ?」
「簡単ですよ。やっぱり、春日野先輩が黒幕……なわけ、ないですよね。いくらなんでも話がぶっ飛んでますし」
「でも、こんなアナグラム使うってことは、茅野ってやつは春日野と関係があるってことだろ?」
「そこで僕の仮説の出番だ。簡単なことさ、ここにいる僕も、そして僕や雪納、瑞穂さんを襲った茅野っていうのも、どちらも『春日野綾』っていうのが僕の仮説だ」
「……は?」
何だって?
「……なるほど、そういうことですか」
なんか黒見も納得してるぞ!?
「二人で納得するのはやめてくれ。どっちも春日野って意味が分からないんだが?」
「簡単に言ってしまえば、人格が分離したのさ」
さも当たり前のことを説明するかのような春日野。
「僕が生前の記憶を持ち合わせていないのは雪納も知っての通りだけど、じゃあその記憶はどこに消えたのか?」
「単純に、思い出せないだけじゃないのか?」
「残念ながら、それはない。僕は身体のすべてがダークマターで出来ている。力は君から借りているわけだけど、身体を維持するために力を操っているのは僕自身だ。全身をスキャンして、身体を構築しているダークマターに欠損が生じていないかはすぐに分かるよ」
「……つまり?」
「もし僕が思い出せないだけで、生前の記憶が脳内に存在するなら、すぐに見つけられるってことさ。でも、それらしきものは何度探してみても無かった。思い出せないんじゃなくて、そもそも脳内に存在していないんだよ」
春日野には、コンピュータでいうところのファイル検索機能があって、もし思い出せない記憶があったとしても、本来ならば全身スキャンで見つけられるってことか。
でも、生前の記憶はどこにもない。
つまり、ファイルが存在していないってことになるのか。
「改めて、じゃあ僕の生前の記憶はどこに消えたのか? 僕の仮説っていうのは、その記憶こそ、一連の出来事の黒幕――『茅野明賀』なんじゃないか、っていうものさ」
「簡潔に言ってしまえば、俺の目の前にいるのは『死ぬ前のことを覚えていない春日野綾』で、茅野は『死ぬ前のことを覚えている春日野綾』ってことか? ややこしすぎるだろ……」
「まぁ、まったくの荒唐無稽とも言えません。ダークマターは人の精神に呼応します。ただ、どうしてこんなことになっているのかというのは、春日野先輩が亡くなるときに何があったのかというのが分からないと何とも言えませんが」
「そこで、今度は黒見君の話を聞く番だ。10年前、君のお兄さんに何があったのか……その時の出来事に、生きていた時の僕が関与している可能性は十分にある。言える範囲で構わないから、教えてくれないかい?」
「……」
黒見は春日野、そして俺の顔をジッと見てくる。
「……他言無用でお願いできますか?」
そう言った黒見は、鋭い眼光を放っていた。
「もちろんだ。雪納も、それで構わないね?」
「あ、ああ、もちろん」
「……分かりました、お話しします」
そう言うと黒見は、机の上の紙を一枚引き寄せると、そこに『黒見玲』と自分の名前を書いた。
「なんだ、またアナグラムか?」
「いいえ。実は私……」
黒見は、勢いよくバツ印を『黒見』の部分の上に書き加えた。
「正しい名字は、『黒見』ではなくて『夏森』というんです」
「なつもり? じゃあ正しい名前は『なつもりあきら』か?」
「はい」
……そういえば。
「確か、茅野が言ってたな。『10年前、僕が殺した夏森秀一郎……お前がその妹だったとはな!』って。……おい待て、茅野が黒見のお兄さんを殺したってことなら、秀一郎さんを殺したのは春日野ってことじゃねーか!?」
「仮説通りなら、そうなるね」
「なんてこった……」
「……とりあえず、話を進めます。10年前、兄は大和旭高等部の3年生でした。春日野先輩と同学年と思われます」
俺の言葉を黒見も聞いていたはずだが、春日野のことをチラッと見るだけにとどまった。
「そうだね」
「実は兄は、ただ大和旭でダークマターに関して学んでいただけではありませんでした。ある密命を受けていたのです」
「密命……だと?」
黒見は頷いて言葉を続ける。
「私の家系は代々神社で神職を務めていて、今は母がそうです。そして父ですが……父は、文科省のダークマターを専門に扱う課の職員です」
「文部科学省の……?」
「はい。両親はどちらとも密命のことを知っていますが、兄に密命を命じたのは父の方です」
「いったい、何を……?」
霞が関まで出てくるとは、話のスケールが大きくなってきたな。
一体、何があったというのだろうか……




