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02.ボクっ娘少女

『ふーん、この子が今まで見てきた中で一番やるかも。前評判は伊達じゃなかったってことか』


 炎を凍りつかせた氷柱を水に変えて、まるで雨の様に四方八方に降らせるという無駄に教師陣が演出にこだわった結果のようなラストプログラムをこなして試験を終えようとしていた俺の視界が、突然白く染まったのだ。


「うおっ、まぶしッ!?」


 とっさに目をつむり両手で顔を覆う。


 それでも、あまりに強烈な光はまぶたを通り越して俺に届いてくる。


『なにより、あらゆるダークマター元素に目立った障害なく適応できている点がすごいね。ここまでの適応率は僕以外にいたかな……?』


 そして、この光に包まれた直後から聞こえてくるこの声。


 自らのことを「僕」と呼んではいるが、この声質はどう聞いても女性のものだ。


 この場にいる女性でこんな声の人は、まして一人称が「僕」の女性は存在しない。


「い、一体、誰だ……」


『……あれ? ひょっとして君、僕の声が聞こえてる?』


 そう聞いてきた謎の女性の声には、多分に驚きの感情が含まれていた。


 どうやらこの驚きっぷりと先ほどのセリフから察するに、自分の声がこちらには届いていないと思っていたようだ。


「あ、ああ。誰かは分からないが、確かに聞こえてる」


『これは驚いたな……まさか、僕の存在を感知できるほどにダークマターとの親和性があるなんて……』


「ダークマター? 親和性?」


 何を言っているのかまったく分からん。


 いや、一つ一つの単語の意味は理解できるが、それらのつながりが見えてこない。


「こんな意味不明な展開の演出はアンタか?」


『いや、うーん。違うと言えば違うけど、僕がここにいるせいでこうなっているのは事実だから、完全に否定することもできないな』


「どっちだよ。っていうかそもそも、アンタは誰なんだ? 声を聞く限りは女っぽいけど……」


『ああ、それについては簡単だよ。今、僕は君の前にいる。声が聞こえたんだ、僕の姿だって見ることができるはずだよ』


 もうまったく訳が分からない。


 第一、これは現実に起こっていることなのか?


 さっきまでダークマターを使って物理的にありえないような現象を作り出していた俺が言うのもなんだが、これは夢なんじゃないのか?


 試験中に力を使いすぎて気絶、俺は今保健室のベッドの上で横たえられている。


 そしてこれはベッドの上の俺が見ている夢である、これが正解なのではないだろうか。


『これが夢かどうかは僕からは何とも言えない。でも、夢なら目覚めるために目を開く必要があるし、そうでないなら君は現実を認識するために目を開く必要がある。どっちにしても、まずはその固く閉じられたまぶたを開いてもらえないかな?』


 どうやらこのボクっ娘少女は、こちらのモノローグも盗み聞きすることができるらしい。


「悪趣味な」


 これは口でしっかり言ってやった。


『したくてしてる訳じゃないんだ。君との親和性が高いせいでどうしても聞こえちゃんだよ。それで、どうするんだい?』


「……状況を飲みこめないまま、ただ言葉に従うってのはあんまり気分のいいもんじゃないけど、仕方ない。その代わり、目を開いたらちゃんと説明してくれるんだろうな?」


『もちろん』


 少しの逡巡もなくボクっ娘はそう言い切った。


 よかろう、そこまで言うのなら目を開いてやろうじゃないか。


 そして、こんなふざけた状況に一枚かんでいるらしいボクっ娘の顔を拝んでやろう。


 俺はそう企み、ギュっと力を込めていたまぶたを緩め少しずつ上に上げていく……


『あっ、ちょ、ちょっと待って』


 突然静止の声がかかり、反射的にまぶたを動かすのを止める。


「な、なんだよ急に」


『い、いや、ちょっと……この格好、久々に誰かに見られるから、身だしなみに問題が無いかどうかチェックしてるのさ』


「? そんな派手な格好してるのか? そもそも久々って、制服とかじゃないの?」


『そういうわけじゃあ……ん、大丈夫みたい。目開けていいよ』


「りょーかい」


 何だかよく分からなかったけど、お許しが出たので今度こそ俺は眩しいのを我慢して目をゆっくりと見開いた。


「……ッ」


 上まぶたと下まぶたが離れた瞬間から強烈な光が差し込んできてもう一度閉じたくなるが、目の前に人影を感じてそれを何とか押しとどめた。


 そういえば、その人物のおかげかさっきよりはわずかだが光量が少ない感じもする。


 これなら目を慣れさせていけば開けるはず。


『あれ、ひょっとして眩しい?』


 って、今頃気付いたのかよ!


 こっちがさっきからずっと眩しそうにしてるの分からなかったのか!?


『それならそうと言ってくれれば良かったのに。よし、少し暗くしよう』


 いや、言わなくてもアンタはこっちの独り言を盗み聞きできるんだったよな!?


 良く考えたら、心が読めるんだから最初から気付いてただろ!


『よいしょ、と。どう? 暗くしたけど』


 ああ、確かに暗くなった。


 でもな、よりによって目を開けられないほどの眩しさから一筋の光も差し込まない暗黒になるってどうよ!?


 せっかくこっちが目を慣れさせてたってのに台無しだよ!


『それは申し訳ないね。こんなことほとんどやったことがないから調整が上手くいかなくて…… よっと、これでどう?』


 暗闇の中で顔をキョロキョロさせていた俺の両目に再び光が入り込んできた。


 一瞬眩しくて、「このボクっ娘またクソ眩しくしやがったな」と言いかけたが、すぐにその眩しさは感じなくなった。


 どうやら、ただ単に暗闇の中に光が入ってきたからそうなっただけで、光自体はLEDライトと同じくらいの強さだった。


『どう? こんなもんで』


 聞こえてきたのはボクっ娘のドヤ顔全開そうな声。


「これなら大丈夫だな。それにしても、出来るんなら最初からやって……」


 そう言いながら俺は顔を正面に戻し、そこで言葉を失った。


 俺の目の前に立っていた人物――僕という一人称から男の可能性を捨てきれないでいたが、そいつは紛れもなく女だった。


 肩口までの長さの黒髪は触れてはいないがサラサラとしていそうで、瞳の色は透き通るようなコバルトブルー。


 身長は175センチある俺との体格比からみると、160センチくらいだろうか。


 先ほど格好がうんぬんと言っていたけど、メイド服のような奇抜なものでも着ている訳ではなく、ここ大和旭大学附属高等学校一年生の制服だ。


 ここの制服は男女ともにブレザーであり、学年はネクタイの色で見分けがつくようになっている。


「……同じ学年?」


 ネクタイの色は水色で、俺がつけているネクタイと同じ色だ。


 だけど、こんなやついたっけ?


『あー、うん。まぁそういうことになるね。でも今はとりあえず、お互い自己紹介といこうか』


 そう言うと、ボクっ娘女子生徒はこちらを澄んだコバルトブルーの瞳で見つめてきた。


『僕の名前は春日野綾かすがの あやだ、よろしく』


「俺は冬野雪納だ」


『ん、じゃあこれからは君のことを雪納って呼ぶね』


「……初対面で下の名前を呼ぶってあまりないよな。君付けとかならまだしも」


『何かいけないことでもあるかい?』


「いや、別に。それより、一ついいか?」


『この空間のことかい?』


 そうか、こっちの考えていることがこの春日野さんとやらには筒抜けだった。


 わざわざ口に出さなくともこちらの言いたいことが伝わるのは便利と言えば便利だが、慣れないと面食らうな。


「ああ。そろそろ俺を校庭に戻してくれないか? この光景がクラスの連中に見えてるのかは知らないけど、もし見えてるんなら今頃『何やってんだコイツは』状態だろうし」


 春日野さんの言葉から推測するに、この人のことは俺にしか見えていないということになる。


 あの強烈な光に包まれてからどのくらい時間が経ったかは分からないが、俺がしたことと言えばその場に突っ立って左右を見渡し、彼女にむかって話しかけただけだ。


 他の人から見れば、突然キョロキョロし始めて、いない人間と会話をしているという頭のおかしくなった人にしか見えないだろう。


 光をともなって現れた春日野さんに興味がない訳ではないが、クラスメートに変人認定されるのは流石に嫌だしな。


『そう言われてもなぁ。僕が故意にこの空間を作り出したんじゃなくて、僕と君のあいだでダークマターの相互干渉が起きて作り出された、いわば偶然の産物なんだ。だから、僕にもどうしようにもないんだよ』


 相互干渉? 偶然の産物?


「でも、さっき光の強弱を調整できてたよな?」


『この空間は元々真っ暗だったんだ。だから、僕の方で明かりは付けさせてもらったってこと。それ以上の干渉はできないんだ。君は?』


 何の気なしに聞いてきた春日野さんだが、俺は1年生でダークマターの基礎理論のさらに基礎しか習っていない。


 つまり、ダークマターに関してはまるっきりの素人だ。


 光の調節なんて芸当をやってのける人間ですら干渉できないのなら、俺なんていわんやをや、だ。


『そうだろうね。でもそこまで気にすることはないと思うよ? ずっとこの空間を観測してるけど、徐々に干渉が弱まりつつあるんだ。そのうち崩壊を起こして元の世界に戻ると思う』


「なるほど。でもよくそんなことが分かるな。春日野さんはまだ俺と同じ1年だろ?」


 大和旭大学付属高校では、大学で行われている『ダークマターの人間へ与える影響』に関する研究の一環として、希望者は高校1年次の3学期に判定試験を受けることができる。


 何を判定するのかというと、その人がどのくらいダークマターに対して適合しているかというもので、適合率と呼ばれている。


 今日がその適合率を調べる判定試験の日であり、俺たち生徒は事前にプログラムを渡されこそするが実際にダークマターを扱うのは全員今日が初めてある。


 それなのに、この春日野さんはどう見ても素人には見えない知識量とダークマターに対する慣れを持ち合わせているようだ。


『どう説明したものかな……っと、始まったみたいだよ』


 何が、そう訊ねようとした次の瞬間、頭上の空間が七色に光り始めガラスの割れるような音が聞こえ始めた。


「なっ……」


『不安がる必要はないよ。この空間が崩壊して次に君が気付いた時には、元の通常空間に戻ってるはずだから』


「そりゃ良かった。……なあ!」


 この空間が消えゆく音だろう、大きくなりつつあるガラスの割れるような音に負けじと、俺は声を張り合げる。


 大声なんて出さなくても心の中で呟けば相手に聞こえることを忘れて。


『ん?』


「また、会えるよな?」


 何を言っているのか。


 記憶にないのはクラスが違うから当たり前、何回かすれ違っていたとしても、それだけで記憶に残るなんてことはまずない。


 同じ学校の人間で、ましてや同じ学年なのだから会えないはずがない。


 それでもこんなことを言ってしまったのは、俺が春日野さんに惹かれていて必ず会いたいと思ってるってことか。


 今日初めて顔を名前を覚えた女の子相手に?


 バカバカしい。


 そんな俺の心を恐らく読んだのだろう、春日野さんは一瞬微妙な表情を浮かべたがすぐにフッと笑みを浮かべると頷いた。


『……そうだね。すぐに会いに行くよ、ダークマターの申し子君?』


 最後にクラスメートが勝手につけたあだ名で俺のことを呼ぶと、春日野さんの姿は風に飛ばされる砂のように消えていく。


 その直後、頭上でガラスの割れる音が響く。


 上を見上げると、虹色に光っていた空にヒビが入りそこから白い光が一筋降り注いできていた。


 その光に包まれた俺の視界も徐々に白くなっていく。


 そして、身体が浮く様な感覚がしたな、そう感じた次の瞬間俺の意識は途切れた。

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