第5話 異世界の森で
雨の夜に散った藤沢とヤス。
暗闇の底へ落ちていくような感覚の中で、
藤沢が聞いたのは――
死んだはずの相棒の声だった。
目を開けた先は、雨のアスファルトではなく、
見知らぬ森。
毒々しいキノコ、聞いたことのない風の音、
そして、緑色の小さな生き物。
藤沢はまだ知らない。
この森での“最初の出会い”が、
後に異世界最強の藤沢組を生む第一歩になることを。
――真っ暗だ。
音も、光も、温度もない。
ただ、底の見えない闇の中を、ゆっくりと落ちていく感覚だけがあった。
(……死んだのか、俺は)
藤沢文太は、ぼんやりとそう思った。
痛みはない。
雨の冷たさも、刺された時の衝撃も、もう感じない。
ただ、どこか遠くで――
誰かの声がする。
「……にき……」
(……ヤス?)
「兄貴……兄貴……」
その声は、確かにヤスのものだった。
「兄貴、起きるっす!!」
――ガバッ!
藤沢は目を開いた。
眩しい光。
湿った土の匂い。
草の感触。
風が木々を揺らす音。
そこは、雨の夜のアスファルトではなかった。
「……森?」
藤沢はゆっくりと身体を起こした。
全身が軽いような、どこか自分の身体じゃないような違和感がある。
(……心臓の音が、やけに静かだ)
「兄貴、生き返ったっすね!」
ヤスが満面の笑みで立っていた。
血も傷もない。
あの蜂の巣みたいな状態が嘘のようだ。
「ヤス……お前……生きてたのか……」
藤沢の目に涙が滲む。
「兄貴、どっか痛いんすか?」
「い、いや……お前が……生きてて……」
藤沢は言葉にならなかった。
ヤスはポケットから何かを取り出した。
「兄貴、これ食べます?」
丸いフルーツのようなもの。
赤と黄色の斑模様がついている。
「……ありがとな」
藤沢は涙を拭き、受け取ったそれに齧りついた。
カプッ。
「……甘いなぁ」
「兄貴、それ、あそこのキノコから取ったっす」
「ん?」
ヤスが指差した先には――
毒々しい巨大キノコ。
赤と黄色の斑模様。
まるで“食べたら死ぬ”と自己主張しているような色。
藤沢の顔から血の気が引いた。
「お、おい……あんな毒々しいもん食って大丈夫なのか……?」
「いや、俺、食べてないからわかんないっす」
「お前……殺す気か!!」
藤沢は喉に手を突っ込み、必死に吐いた。
「大丈夫っすか兄貴?」
「大丈夫じゃねぇよ!!」
森に藤沢の怒号が響いた。
■異世界の空気
吐き終わった藤沢は、改めて周囲を見渡した。
木々は見たことのない形をしている。
葉は青ではなく、どこか紫がかっている。
鳥の声も、虫の音も、聞いたことのないリズムだ。
風の匂いも違う。
湿っているのに、どこか甘い。
(……ここ、本当に日本か?
いや、そもそも“生きてる”ってのもおかしいんだが……)
藤沢の背筋に冷たいものが走った。
(とにかく、情報が必要だ。慎重に動かねぇと――)
「兄貴ー! あっちで襲われてる!」
ヤスが突然叫び、走り出した。
「おい! 待てって!!」
藤沢は慌てて追いかける。
(なんでこいつはいつも勝手に動くんだよ……!
死んだ直後だぞ!? 普通もっと慎重になるだろ!!)
ヤスは森の奥へと突っ込んでいく。
藤沢が追いついた時――
目の前に信じられない光景が広がっていた。
■ゴブリンとの遭遇
筋肉質な外国人が、
緑色の小さな生き物を殴っていた。
「何あれ……?」
「何でイジメるっすか!!」
ヤスが飛びかかる。
「なぜ止める! コイツはゴブリンだぞ!」
外国人は流暢な日本語で叫んだ。
(なんだこの状況??)
藤沢は緑色の生き物を見つめた。
(……マスクか?)
藤沢はゴブリンの“顔”を掴んだ。
引っ張る。
引っ張る。
外れない。
「お、おいヤス……これ、本物だぁ!」
振り返ると――
ヤスは外国人をのしていた。
(あっ! また、こいつ)
「堅気に手ぇ出すなって言ったろ!!」
「すいやせん兄貴」
(絶対反省してねぇな……)
藤沢はゴブリンを見た。
小柄なメスのゴブリン。
震えながら、藤沢たちに頭を下げる。
「助けていただいて……ありがとうございます」
「いや、気にすんな」
藤沢は頭を掻いた。
(……本物のゴブリンって……日本語なんだ。何だコレ……)
■ミドリ誕生
「名前は?」
ヤスが普通に聞いた。
「ありません」
「じゃあ緑だからミドリな!」
ミドリは嬉しそうに頷いた。
「いいかミドリ。このお方が俺の兄貴分、藤沢さんだ。失礼のないように!」
「はい、ヤス兄貴!」
(なんでヤスに懐くんだよ……いや、なんで普通に会話できてんだよ……)
ゴブリンよりこの状況に順応してるヤスに、藤沢は戦慄した。
「よし、お前を藤沢組の構成員見習いにしてやる!」
「はい!」
藤沢は吹き出した。
「藤沢組って、何が?!」
「ああもう、兄貴。
俺達破門されたんすから独立してやってかないと、誰も助けてくれないんすよ!大丈夫っすか?」
「俺がおかしいの?!」
だが、藤沢はふと思った。
(……この世界でなら……成り上がれるかもしれねぇ)
ニヤリと笑う藤沢。
ヤスが首を傾げる。
「兄貴、ここどこなんすかね?」
「ここで?
ま、まあいい。
そりゃ、アレだ……異世界ってやつだろ」
テレビや漫画で見た知識を総動員して藤沢が言った。
ヤスは真顔で頷く。
「なるほど。異世界って国なんですね」
(こいつの理解力は相変わらずだな……)
ミドリの案内で、三人はゴブリンの集落へ向かった。
――雨の夜に死んだ二人の、新しい物語が静かに動き出す。
それが、異世界最強の“藤沢組”誕生の第一歩だとは、
この時の誰も知らなかった。
読んでくれてありがとう。
藤沢は死んだはずなのに森で復活し、
ヤスは相変わらずバカで、
毒キノコを食わせ、
外国人を殴り、
ゴブリンに懐かれ、
気づけば“藤沢組”が誕生した。
異世界に来ても、
藤沢の苦労は減らないどころか増えていく。
次回は、ついにゴブリン集落へ。
藤沢の胃痛は、まだまだ続く。




