第1話 雨の夜、鉄砲玉
雨の夜、鉄砲玉として震える藤沢の脳裏に浮かんだのは――
一年前の、最悪で最高な“出会い”だった。
湿った畳、チカチカする蛍光灯、
そして、金髪のバカ。
雨の夜。
極道の男と、金髪のバカが、ひとつの“仕事”に向かう。
これは、
鉄砲玉として生きてきた藤沢文太と、
なぜかいつも隣にいる金髪のヤスが、
雨の夜に迎える“運命の瞬間”の物語。
まだ誰も知らない。
この夜が、二人の人生を大きく変える“始まり”になることを。
夜の街に、冷たい雨が叩きつけていた。
街灯の光が雨粒に砕け、アスファルトの上で白く滲む。
雨音は、まるで街の鼓動をかき消すように激しく、重い。
その雨の中で――
35歳の藤沢文太と、17歳のヤスは殺された。
静かで、あっけなく。
……というか、ぶっちゃけヤスの致命的な勘違いのせいで、目も当てられない形で。
◇◇◇
■殺される30分前
コンクリートの壁に背中を預け、藤沢は荒い呼吸を整えていた。
雨は容赦なく叩きつけ、ジャケットの中まで冷たさが染み込んでくる。
(落ち着け……深呼吸だ。震えてんのは寒さのせいだ……多分な)
懐のドスを握りしめる手が、わずかに震えている。
(……ヤスの教育係を命じられた日も、こんな雨だったか)
ふと、あの日のことが脳裏をよぎる。
同時に、この1年でこいつがやらかしてきた「伝説級の数々」も。
(……ヤス。お前、本当に色々やらかしたよな)
先月の抗争の時、武器を持っていけと言ったら、こいつは間違えて『テレビのリモコン』を懐に差して現場に突っ込みやがった。
あの時、敵の組員全員が「え、何それ?」と攻撃を止めて凍りついた光景は、今でも俺のトラウマだ。
だが、そんなバカなヤスだけが、うだつの上がらない俺を「兄貴」と慕ってくれた。
「兄貴、どうしたんすか?」
ヤスがキョトンとした顔で覗き込んでくる。
雨に濡れた金髪が、妙にピンと立っていた。アホの角かよ。
「いや、独り言だ」
「緊張してるんすか? 兄貴でも緊張するんすね。でも安心してください。今日こそは俺、最高の獲物を仕込んできましたから」
ヤスが懐を愛おしそうに撫で回す。
(……まあ、あそこまで自信満々だ。今日はちゃんと『ドス』を持ってきてるんだろうな)
藤沢は、ヤスの懐に収まっている「薄っぺらくて長方形で、先端に赤外線を発しそうな小窓がついた物体」の違和感に気づかないまま、ゆっくりと息を吐いた。
「兄貴……あの……」
「なんだ。いよいよ覚悟が決まったか」
「……さっきから、ずっと我慢してたんすけど……。なんか雨音聞いてたら、蛇口全開にしたくなっちゃって……トイレ行ってきていいっすか?」
「今かよ!!」
藤沢の怒号が、雨音にかき消された。
(……ああ、そうだ。こいつといると、緊張なんて長く続かねぇんだったな)
藤沢は、ほんの少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
――この雨の夜が、自分とヤスの“終わり”であり、
そして“始まり”でもあることを、藤沢はまだ知らない。
読んでくれてありがとう。
藤沢は緊張、ヤスは立ちション。
この二人、まだ死んでないけど、だいぶ危なっかしい。
次回は、藤沢とヤスの“過去”が少しだけ明かされる。
引き続き、雨の夜を見守ってやってほしい。




