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月の市、泡の下に眠る声



夜の湖は、まるで巨大な鏡だった。

満月の光が水面に落ち、風と共にゆらゆらと揺れている。

その湖の中央――橋のように並んだ光の道の先に、“月の市”があった。


色とりどりのランタンが並び、透明な泡の中に品物が浮かんでいる。

誰かの記憶、夢の欠片、名前を忘れた旋律……

ここでは“思い出”そのものが売り買いされていた。


「わあ……すごい。全部、夢の中みたいですね!」

後輩が目を輝かせている。

ソアラはあなたの後ろで、そっと手を組んでいた。


「この市ではね、“泡が割れた瞬間”にだけ真実が見えるんだよ」

「真実?」


そのとき、露店の老商人が近づいてきた。

灰色のローブに身を包んでいる。

声はどこか懐かしい響きを持っていた。


「探しておるのかね、“帰るための泡”を。」

「……帰る?」


老商人は笑う。

「この世界に流れ着いた者は、みな“現実の痛み”から逃げてきた。

 だが、泡はいつか割れる。

 泡の向こうの“観測者”が、おぬしを見つめたときにな。」


あなたの背筋が冷たくなった。

観測者――それはあの夢で聞いた言葉と同じだ。


視界の隅で、泡がひとつ割れた。

ぱちん。

その瞬間、景色が一瞬だけ二重になった。


宿のカウンター。

日本の居酒屋。

ソアラの笑顔と、現実での“誰か”の笑顔が重なる。


「……見た?」


声が耳元でした。

振り返ると、後輩が立っていた。

ピンクの髪が月光に照らされ、瞳の奥がかすかに揺れている。


「この世界は、ただの癒しの夢じゃない。

 あなたが現実で壊れそうになった時、“泡”があなたを包んだの。

 だから……本当は、ここもあなたの“現実”の一部なのよ」


あなたは息をのんだ。

足元の湖が揺れ、泡がまたひとつ弾ける。

そのたびに、何かが確定していくような、そんな音がした。


「……観測された瞬間に、世界は決まる」


その言葉が脳裏をよぎる。

誰の声でもない――あなた自身の声だった。

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