夜に満ちる泡
夕暮れが湖面を染めるころ、宿の灯がぽつりぽつりと灯った。
暖炉の火がパチパチと鳴り、木の壁が橙色に揺れる。
「センパイ、こっち空いてますよっ!」
ピンク髪の後輩が、奥の丸テーブルをポンポンと叩いた。
ソアラがジョッキを両手に持ってやってきて、リリーネはすでにお菓子を並べている。
「さあ、乾杯しましょう!」
「おお、異世界初日から宴か……悪くないな。」
そう言って笑うと、シャーロットがグラスを軽く掲げた。
「この世界に迷い込んだあなたに……乾杯!!」
コトン。
五つのジョッキが、泡を散らしてぶつかる音。
その瞬間、宿の中が一気に温かくなった気がした。
口にした酒は、不思議な味だった。
ほんのり甘くて、喉の奥で風が吹き抜けるように軽い。
それでいて、身体の芯がじんわりと熱くなる。
「これ……すげぇな。ビールとワインの中間って感じか?」
「ふふ、〈風の泡酒〉っていうんだよ。」とソアラ。
「この宿の名前の由来でもあります。」
リリーネが誇らしげに胸を張る。
「酔うとね、ちょっとだけ“夢が見える”のよ。」
「夢?」
あなたが眉をひそめると、シャーロットが静かにグラスを傾けた。
「そう。……この酒は、“帰れなかった人たち”が見る夢を、泡の中に閉じ込めてるの。」
その言葉の意味を聞く前に、ふわりと視界が霞んだ。
泡が光を放ち、湖の波音が近くなる。
遠くで、誰かの笑い声がする。
現実と夢の境が、また曖昧になっていく――。




