第四話 おばあちゃん、私にも主役やらせてよ
放課後の教室に、ざわめきが広がっていた。
黒板に貼られた一枚の紙には、大きく「文化祭 クラス企画案募集」と書かれている。
その下には、すでに数人の手書きの案が並んでいた。
「喫茶店とかも無難だけどさ、ちょっと普通すぎるっていうか」
「先輩達、去年演劇で最優秀クラス獲ったらしいよ〜」
「良いじゃん。演劇やるなら、ちゃんと脚本もオリジナルでいこうよ!」
あちこちで飛び交う声。どんどんテンションが上がっていく。
(演劇って……盛り上がってるなあ)
私は少し離れた席から、みんなの様子を見ていた。
そのときだった。
「ねえ、百合さんがヒロインやってくれたら、めっちゃ映えると思わない?」
「たしかに〜! 絶対似合うし、見栄えが段違いだよね!」
「しかも、声も綺麗だしさ〜」
(えっ……?)
一気に視線が、ユリさん――私の祖母(若返りver.)に向かう。
彼女はいつも通りの微笑みで、「あらあら、そんなに持ち上げられても困っちゃうわ〜」なんて笑っているけど、あれは絶対、乗り気の顔だ。
「じゃあさ、脚本も誰かオリジナルで書ける人いないかな? せっかくだしオリジナルでやりたいし」
その言葉に、教室のあちこちから「え〜」「難しそう〜」という声が上がるなか。
「……私、やってみようかな」
気づいたら、私は手を挙げていた。
「白石? 本当に?」
「うん……うん、やってみたいの。書きたい、って思ったから」
自分でも不思議だった。
でも、書きたいというの気持ちは本物だった。
「ユリさんのヒロイン姿を、ちゃんと見てみたい」
それはきっと、ずっとモヤモヤしていた気持ちに、ちゃんと向き合いたいって思ったから。
自分が書いた物語で、彼女を舞台に立たせたい。
その中で――私は、自分自身の「物語」も、書き直せる気がした。
***
それから数日間。
私は放課後、ノートにひたすら物語を書き続けた。
題名は――『白雪と薔薇の約束』
ちょっと中二病っぽいけど、これがしっくりきた。
現代の高校を舞台にした、転校生と地味子の入れ替わりロマンス。
ヒロインはもちろん、百合さんが演じる“気品ある美少女”。
そしてもう一人の主人公――地味で目立たないけれど、心に強い意志を持つ少女を、私の分身のような存在として描いた。
(これなら、私にも書ける気がする……)
迷いはなかった。
頭に浮かぶ情景を、ただひたすら言葉に変えていく。
***
「凛ちゃん、すごいよ。脚本、みんなに好評だったじゃない」
ユリさんがそう言ってくれたのは、リハーサルのあとだった。
「ありがとう。でも……本番は、これからだし」
「そうね。でも、凛ちゃんの本気、ちゃんと伝わってるよ。私、楽しみにしてるわ」
そう言って微笑むユリさんの顔を見て――
私は、やっぱり少しだけ悔しくなる。
だって、あの人は“誰が見てもヒロイン”なんだもん。
私は、やっと“物語を紡ぐ役”を見つけただけ。
でも――
(それでも、私は私の場所で輝いてみせる)
そう、胸の中で小さく誓った。
***
文化祭当日。
舞台袖から、客席のざわめきを聞きながら、私は深呼吸をした。
「白石、そろそろラストシーンのキューよろしく!」
「了解……!」
私は、台本を手に、舞台の裏で演者たちの動きを見守る。
(ここからが、クライマックス……)
緊張と期待が入り混じるなか、舞台の中心には――ユリさんが立っていた。
彼女は、私が書いた物語のヒロインを、完璧に演じてくれていた。
観客の視線を一身に集めるその姿は、やっぱりずるいくらい眩しかった。
でも、不思議と、心の中には温かい感情が広がっていた。
(私が書いた言葉が、ちゃんと届いてる)
私にも、誰かの心を動かす力がある。
そう思えたとき――
ああ、私はもう「脇役」なんかじゃない。
ちゃんと、自分の人生の「主役」なんだ。
***
舞台のカーテンが降りる。
拍手が、教室中に響き渡る。
私は、袖でそっと涙を拭った。
(ありがとう、おばあちゃん)
(あなたがいてくれたから、私は変われたよ)
恋も、嫉妬も、努力も――
全部が、私を動かした。
これが、私の物語。
私の、主役としての一歩だ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第四話では、凛がようやく自分の気持ちと向き合い、言葉という「自分の武器」で一歩踏み出す姿を描いてみました。
百合さんの圧倒的ヒロイン力に嫉妬しつつも、彼女の存在をきっかけに成長していく凛――最初は地味でツッコミばかりだった彼女が、ラストで「私の物語を生きる」と決めるまでの過程を、少しでも楽しんでもらえていたら嬉しいです。
今回で完結となりますが、正直、百合さんというキャラクターにはまだまだ描きたい部分がたくさんあります……(笑)
「短編で終わらせるのは惜しい」「もっと読みたい」と思っていただけたら、ぜひ感想などでお聞かせください。それが次への活力になります。
では、またどこかで!