第三者 おばあちゃん、恋のライバルにならないで
「はい、それじゃ日直のふたり、黒板よろしくねー」
朝のHRが終わり、先生が教室を出ていった直後だった。
ユリさんと、朝倉くんが、今日の日直ペアになっていた。
(なんで……なんで、その組み合わせ!?)
私は無意識に、二人をじっと見つめてしまう。
ユリさんは笑顔でチョークを持ち、朝倉くんと並んで黒板に今日の予定を書いていた。
「えっと、1時間目は現代文、2時間目が……あ、ごめん、ぶつかっちゃった」
「あ、大丈夫。てかユリさん、字きれいだね。見やすい」
「ふふっ、ありがとう。昔、生徒に板書で褒められたことがあってね〜」
「生徒……?」
「えっ、いや、家庭教師の話よ、うんうん♪」
(いやどっちでもアウトだろ!?ユリさん、あなた高校生だぞ!!)
二人の距離が近い。いや、物理的にも心理的にも近すぎる。
「……ったく、朝から何やってんのよ」
私は、自分でも驚くくらい低い声でつぶやいた。
***
事件その2は、4時間目の前に起きた。
「これ、職員室に届けてくれる? 教科ごとの提出プリントなんだけど、重いから気をつけてね〜」
そう言って先生が、分厚いファイルをユリさんに手渡した。
その瞬間――
「持とうか? それ、結構重そうだし」
と、スッと自然に横から手を出す朝倉くん。
「えっ、いいの? じゃあ一緒に行きましょ♡」
「うん」
……いや、なんで!?
なんでそう自然にエスコートできるの!?
そしてなんで、ユリさんはそんなアイドルの笑顔で応じてるの!??
周囲の女子たちが、ちょっとざわざわしてるのも見える。
(……もう、やだ……!)
私の中で、何かが限界を迎えようとしていた。
***
昼休み。
私は、空き教室の窓際でひとり、パンをかじっていた。
いつものお弁当じゃないのは、あえてユリさんから離れたかったからだ。
でも――そのユリさんが、こっちにやってきた。
「凛ちゃん、こんなところにいたのね。今日は一緒じゃないの?」
「……今日はひとりがいいの」
「どうして? 昨日は楽しそうだったのに」
「ユリさんは、なんでもできるし、みんなに好かれてるし……なのに、なんでそんなに無自覚なの?」
「えっ……?」
気づいたら、私は感情をぶつけていた。
「振りまわさないでよ! 私、ずっと気にしてたんだから……! 朝倉くんと話してるの見て、何度も……」
声が震えた。
「……私、ユリさんのこと、好きだけど……でも、時々、すごく悔しくなるの」
空気が、張りつめる。
でも、ユリさんは――
一瞬きょとんとした顔をしたあと、ふわりと笑った。
「うん、ごめんね。……でも、怒ってくれて、ちょっと嬉しかったな」
「……は?」
「凛ちゃんって、もっと自分を抑える子だと思ってたから」
私の胸の奥で、なにかがぐらっと揺れた。
「……別に。そんなつもりじゃ……」
「ううん。ちゃんと伝えてくれて、ありがとう」
ユリさんの声は、いつもより少しだけ静かで、あたたかかった。
「凛ちゃんのそういうとこ、私は好きよ」
その言葉に、思わず目を逸らした。
頬が、ちょっとだけ熱い。
「……私、ずるいよね」
「ううん。恋してるんだもん、しょうがないよ」
ユリさんはそう言って、にっこり笑った。
(ああもう、ずるいのはこの人のほうじゃん……)
でも、不思議と胸のモヤモヤは、少しだけ晴れていた。
***
放課後。
教室でひとり、鞄を持って出ようとしたとき。
「あ、白石」
背後から声がかかった。振り返ると――朝倉くんがいた。
「えっ……なにか、用……?」
「これ。あいつ忘れてったから、渡しといてくれる?」
朝倉くんが手渡してきたのは、ユリさんの水筒だった。
私は、意を決して――
「あのっ……その、こないだ話してた映画……私も観てみたくて……。また、おすすめとか、教えてくれる?」
「え? ああ、全然いいよ。今度話そっか」
……言えた。
ちょっとだけ、自分から。
帰り道、私はそっと空を見上げる。
(まだ怖いけど……でも、今日の私はちょっとだけ前に進めた)
***
おばあちゃん。
私は、あなたに振り回されっぱなしだけど。
でも、あなたがいたから、私の心も少しずつ動き出してる。
恋に、嫉妬に、勇気に――
私の毎日は、あなたでいっぱいだよ。