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黄金

作者:

黄金

 

その年、オレは十八だった。

高校を卒業してすぐ、遠くの建設現場に出稼ぎに出た。

三月の終わりに現場に着き、八月に解散した。

そこは、長く続いた、島と本土をつなぐ大きな橋を造る現場で、オレが合流したのはその最後の仕上げの時だったのだ。

粗野な労働者たちの汗と猥談に囲まれた、そのひと時で、オレは、大学なんぞに行った幼馴染の連中よりも、格段に大人になった気がした。

事実、七月の蒸し暑い雨の夜、近くの色街で、童貞を捨てたりもしたのだ。

女の股からは、島に実る、まぶしいレモンのような匂いがした。

すべての仕事が終わった夜、浜で焚火を囲み、別れの宴があった。

うすらいの男たちの顔が、炎に照らされて燃えていた。

さまざまな男がいた。

みな、遠くの土地からやってきたのだ。

二十年、この現場で働いて、一度も家に帰らなかった男もいた。

今日を限りに、隠居生活だという、老いた男もいた。

みな、至福のような、あるいは、悲歌のような眼で、完成した橋を見上げていた。

橋は、星空を半ばまで覆うように、黒々とそびえていた。

哄笑と歓声のときが過ぎ、やがて波の音とともに、男たちは砂浜に酔い臥した。


翌朝、朝日に灼かれて目を覚ましたオレは、事務所に顔を出して、働いた日数分の給金と落成祝いの金一封をもらい受け、二日酔いのまま故郷に帰る汽車に乗った。

二両きりの、稚魚みたいな汽車であった。

汽車は出発して、小一時間ほど山沿いの線路を走っていたが、中途の駅で止まると、そこからぴたりと動かなくなった。

しばらくすると車掌が出てきて、乗客に説明をはじめたが、なにぶん訛りがひどくて、要領を得なかった。

乗客もまた、ひどい訛りで、わあわあと応酬した。

とにもかくにも聞き取れたのは、まだ当分、汽車は動かないということだった。

乗客どもは開き直ったらしく、めいめい各自、勝手に酒盛りなどを始めた。

アルコールの香りが車内に満ちて、二日酔いのオレの脳天を揺らし、たまらず、ホームに転げ出た。

駅は小高い山の中腹にあり、野ざらしのホームからは下り落ちてゆくまばらな家々の屋根と、その先の浜辺と海が見えた。

ホームには先客がいた。

柵にもたれて、カンパチもまた、風に吹かれながら海を見ていた。

橋の現場で知り合った男で、なぜその名で呼ばれているかは知らなかったが、オレと同い年の、若く、精悍な男だった。

同じく、故郷に帰る途中だと言った。

現場では最年少のオレたちだったが、二人だけで話すのは、意外にもその時がはじめてだった。

同い年ながら、都会育ちの、どこか世慣れたこの男を、オレは少し遠く感じていたのだが、その日、ホームにいたカンパチは、晴れた日のおだやかな海ほどに親しかった。

オレたちは昨日までの現場のこと、お互いの生まれた町のこと、好きな音楽のこと、その他、まるで他愛のないことをしゃべり続けた。

そして、何かの拍子に(間抜けなことに、そのきっかけとなった会話をまるで忘れてしまったのだが)カンパチは大きな声でひとしきり笑ったあと、オレの肩を叩いて、言った。

「やっぱり、お前はジャックポックだよ。」

オレもまた、大きく笑った。

八月の太陽で、海は、果てもなく青かった。


やがて、汽車はふたたび動き出した。

オレとカンパチは終点の大きな駅で、別々の汽車に乗って別れた。

「また、いつか」

そう言ったのはどちらだったか。

夜遅く、実家に帰り着いたオレは、半年近く引き出しにしまったままにしていた日記を開くと、暫時目をつむり、そして、奇妙な一文を書き付けた。


岬に立ち 遠く 海は光る

やわらかな風が髪をなでる

やがて 黄金のような日々が流れてきて オレは呟くだろう

「会いたかった」と



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