表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

第一章-28 血と盾の裁断

 咆哮が、空間を裂いた。

 《ゴブリンジェネラル》の肉体が膨張し、赤黒く変色している。蒸気のような熱が肌から立ち昇り、目はもはや理性を宿していなかった。

 暴走——。

 塔が生み出した戦闘兵器が、完全にゴブリンの“種”としての限界を超えた瞬間だった。


 「来るぞッ!」


 レムナの声に、セシリアとアリサがそれぞれ構える。

 その瞬間、ジェネラルが動いた。

 地響きとともに突進。巨体の鉄鎧が唸りを上げ、空気を押しのけるようにして迫ってくる。

 レムナは剣を抜き放ち、正面から迎撃する。


 「ッ……!」


 (……重ッ…!!)


 剣と斧がぶつかる。だが、剣は押し負けた。振るわれる斧の質量は、もはや“攻撃”というより“破壊”に近い。

 受けきれない。——逸らす。滑らせる。受け流す。

 だが、すべてはギリギリの綱渡りだった。次第に体勢が崩れ、そして。

 レムナの足が滑る——その刹那。


 「……下がってください!」


 セシリアが前へ出た。盾が重撃を受け止め、金属が悲鳴を上げる。衝撃で後退しつつも、彼女は歯を食いしばって耐え抜いた。


 「ナイス……っ」


 「今は凌ぐしか、ありません!」


 剣と盾の連携。

 レムナが前へ、次にセシリアが受ける。交互に立ち向かい、かろうじて巨体の暴風に対抗する。背後から、アリサの魔力が閃く。


 「《火光・スパークライト》!」


 放たれた炎の魔弾が、ジェネラルの肩口を焦がす。

 

 だが。


 「……効きが……薄い……!」


 皮膚が灼けただけだった。血は出ず、動きも鈍らない。レムナが小さく舌打ちをする。

 

 (……堅すぎる。こいつ……本当にゴブリンか?)


 数の利は、意味をなさない。三対一。それでも、押されているのは彼らのほうだった。


 「……ジリ貧だ」


 レムナが呟いた。


 (誰か一人でも崩れたら、即、瓦解する)


 もう一段、こちらの“出力”を上げなければならない。その覚悟を、喉の奥で噛み潰すようにして飲み込む。


 「セシリア、仕掛ける、動くぞ」


 「はいッ!」


 セシリアが渾身の力で大斧を弾く。次の瞬間、レムナが突っ込んだ。

 巨斧が上段から迎撃する——だが、それは意図したフェイク。


 「そこだッ!」


 《カイン》とレムナの経験から導き出された完璧な読み。

 剣の軌跡が、振り下ろすジェネラルの右手首へ吸い込まれる。下段から斬り上げ剣撃で、手首を斬り飛ばす。

 赤黒い血が噴き出し、大斧が床に転がった。


 (……よしッ!)


 確かな手応えと勝機。

 その直後だった。左腕がうなった。視界が傾ぐ。


 「っが──」


 ジェネラルの反撃。残った左腕の拳が、レムナの胴を捉え、容赦なく吹き飛ばしたのだ。

 空中で身が捻れ、石床に叩きつけられ、数度転がる。


 視界が霞む。音が遠のく。痛みは遅れて、津波のように押し寄せてきた。

 かすかに聞こえる声——。


 「レムナ……!」


 アリサの声だった。


 (……くそ、……しくじった……)


 意識が落ちる寸前。レムナの手が、血塗れのまま剣を掴む。


 「……まだ、だ……」



 (……痛みも感じず、即座に反撃してくるとか……)


 (……それは、生物として終わってるだろが……!)


 倒れ込みながら、レムナは内心で毒づく。 アリサが駆け寄った。


 「レムナ、大丈夫!? 傷が……!」


 「ああ、……なんとか、な……」


 呻きながらも立ち上がる。膝が震える。

 しかし、その瞳にはまだ、研ぎ澄まされた意志が宿っていた。 視界の先では、セシリアが懸命に前線を支えていた。

 《ゴブリンジェネラル》の左手首から先はすでになく、赤黒い血が滴っている。

 だが、奴はそれを痛みとも思っていない。いや、“痛覚の存在そのもの”が欠如しているようだった。 そして、全身から吹き上がるような“異常な熱”。


 (痛覚も、理性も、敵意すら──もう“必要ない”ということか)


 それは、ただ殺すために造られた“塔の器官”。 “戦闘機能”だけを残した。もはや生物ですらない。


 「……あれが、限界を超えた姿……」

 

 アリサが小さく呟く。

 爆裂魔法の余熱が足元で燻り、焦げた空気が肺に刺さるように重い。


 「魔力も……狂ってるわ。こんなの、今まで感じたことない……圧よ」


 「なら、止めるしかない」

 

 レムナは、血に濡れた剣を握り直し、息を深く吐いた。


 (これが最後だ。つぎはもう──立ち上がれない)


 「あと、何発撃てる?」


 「……三発。でも、威力を出せるのはあと一つだけ」


 「わかった。合図で、奴の足元を狙ってくれ」


 「足元……? ちょ、ちょっとレムナ、それって──」


 アリサの疑問を残して、レムナは振り返らない。 そのまま落ちていた両手剣を拾い、セシリアの横へ駆け戻った。

 再び迎える猛攻。

 ジェネラルの攻撃は単調だが、質量と速度がすべてを凌駕している。


 (まずは……誘い込む)


 振るわれる拳。突き出される膝。振り下ろされる足。 レムナはすべてを紙一重で受け流し、タイミングを測る。

 

 「セシリア、下がれ……!」


 「了解っ!」


 レムナの集中は、神経の一本一本まで研ぎ澄まされていた。


 (奴の右肩が一瞬、浮いた……次の軌道は──下段、横薙ぎ)


 ほんのわずかな筋肉の収縮から、次の一手を読み切る。

 一向に仕留められぬ苛立ちからか、ジェネラルの攻撃が徐々に大振りになる。 その隙を見逃さない。 地を這うような下段の拳。


 「……いまッ!」


 レムナは剣で“意図的に”その攻撃を受け、後方へ吹き飛ぶ。 見事に計算通り、数歩の距離が生まれる。

 しかし、足は崩れず、視線は獣を捉えたまま。


 「アリサっ!」

 

 叫ぶ。


 「──《焔槍・カルヴァリオ》ッ!!」


 アリサの紅き魔力が奔る。空気を裂き、燃え上がる槍が地を穿つ。

 直撃。

 爆裂。

 ジェネラルの足元が爆ぜ、火煙が濃密な煙幕を作り出す。

 その中を、レムナが駆けた。 剣を引き、全身の力を一点に集中させる。

 全てを懸けた、一撃。

 煙の向こう。

 浮かび上がるのは、鬼神のごとき暴君の影。

 

 刃の狙いは、ただ一つ──心臓。


 (ここで、終わらせるッ!!)


 全身のバネを限界まで解放し、心臓を貫く一点突破。

 突き出された剣が、真芯を捉え──


 「……ッ!」


 止まった。


 鈍い手応え。押し込めない。

 視線を落とすと、ジェネラルの左手が、血まみれの剣を握っていた。

 常軌を逸した反射速度。常軌を逸した怪力。


 (……押し負けるッ……)


 ギリギリと剣が軋む。筋肉の悲鳴が全身に走る。

 歯が砕けそうになるほどに噛みしめる。


 (まだだ……まだ、終われるかよッ!)


 しかし、力では引き剥がされ始めていた。

 

 そのとき。


 「レムナさん!!」


 セシリアの声。


 刹那、理解が走る。

 

 レムナは、剣から手を離す。


 (──いけ)


 一瞬、世界が静まった。


 音が、色が、空気の流れさえも、まるで凍りついたかのように消える。

 眼前にあるのは、握られた剣。

 固く閉じられた巨人の手。

 血の膜に包まれながら、確かに刃先は、心臓を目指していた。


 その瞬間── 音なき轟音が、世界を貫いた。


 セシリアの盾が、雷鳴のように打ち鳴らされる。


 《シールドバッシュ》。


 押し出された刃が、滑るように進む。

 重力を、筋肉を、肉体そのものを裂き貫く感触が、視覚越しにレムナへと伝わってくる。

 その感覚は、温かく、重く、そして、あまりにも確かだった。

 

 時が、ゆっくりと動き始める。

 

 赤黒い肉がわずかに震え、 巨体が、何かを失ったように膝を折る。

 血が噴き出すでもなく、悲鳴が上がるでもなく、 それはまるで、塔に還るだけの儀式のようだった。


 そして── 崩れ落ちた。


 残響すら、ない。


 ただ一つ。

 レムナの足元に、静かに落ちた剣の音だけが──勝利の存在を告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ