第2章「蒐集される声」
朝の資料館は静寂に包まれていた。
開館前のこの時間、私だけの特権。誰にも邪魔されず、昨日発見した箱の内容について調べられる。
「おはよう、日高さん。珍しく早いね」
予想外の声に、私は思わず身を固くした。振り向くと、新任の館長補佐・西園寺誠司が立っていた。
「あ、おはようございます」
彼は都会から赴任してきた四十代の男性。鋭い目つきと薄い唇。常にきっちりとしたスーツを着こなしている。
私は机の上の資料を何気なく手で覆った。彼の視線が一瞬そこに留まったような気がした。
「何か面白いものでも?」
「いいえ、ただの古い目録です」
彼は微笑んだが、その表情は目に届いていなかった。
「そうですか。では、お邪魔しました」
西園寺が去った後、私は安堵のため息をついた。なぜ隠したのか、自分でも理由はわからない。ただの勘だった。
祖母はよく言っていた。「栞、あんたは感の良い子だ」と。
私は箱から取り出した資料を改めて見た。日記の断片、写真、そして地図。
それらを年代順に並べていくと、1930年代から1940年代にかけての何かが浮かび上がってきた。
町の公式記録では触れられない出来事。複数の視点から記された証言。そして消されかけた真実。⏳
祖母・椿の筆跡と思われるメモには「彼らは声を集めている」と書かれていた。
誰が?何のために?
疑問が次々と湧き上がる中、一枚の写真が目に留まった。
町の中心にある丘の上の建物。今は使われていない古い邸宅だ。
「西御殿」と呼ばれるその場所は、立ち入り禁止になっている。
理由は老朽化のためと聞いていたが、写真の裏には異なる説明があった。
「声の収集所—ここから全てが始まった」
昼休みを利用して、私は西御殿へ向かった。
人気のない坂道を上りながら、背後に視線を感じる。振り返っても誰もいない。
しかし確かに、誰かが私を監視している。
西御殿に近づくにつれ、奇妙な圧迫感が増していく。
玄関前に立つと、風が止み、音が消えた。まるで時間が凍結したかのような感覚。
鍵のかかった扉の向こうに、何かが私を待っている気がした。
そして私はそれを見た。窓ガラスに映る自分の姿の後ろに、かすかに浮かぶ別の影を。