その手を取ると誓ったから、私は信じてみようと思った
医者による診察はスムーズに行われ、後は血液検査の結果待ちとなった。
ルアナは様々な診察を受け、疲れていた。
ソファーに座りミリーに入れてもらった紅茶を飲みながら待っていると、コンコンとノック音が聞こえる。
「すまない、俺だ。様子を見に来た。今入ってもいいか?」
心地の良い声が聞こえ、ルアナは扉を開き自室へと招いた。
「えっと…イアン、おはよう、ございます…。」
ルアナはアイリスの手によって、綺麗になっていた。
しかし、ルアナはいつもの自分とは違う姿に、変ではないかと不安になり目をそらしてしまった。
そんなルアナを見たイアンはというと…。
なんだ…この可愛くて美しい少女は…。
本当に俺が拾ってきたあの銀髪の少女なのか…?
美しい銀髪が光に照らされ、透明感のある艶やかな輝きを放ち、思わず触りたくなってしまう。
手が出そうになるのを我慢しつつ、生まれ変わったその姿から目が離せずにいた。
やっぱり…今の私は変なのかしら…。
沈黙で不安になるルアナはスカートの裾をきゅっと握ってうつむいてしまった。
それを見かねたミリーに脇腹を小突かれてしまった。
「…っ!…美しくなったな…。」
「あり、がとうございます…。」
きっと、お世辞…よね。
だってイアンはこの国の王太子ですもの…。
ミリーはイアンの言葉を聞いてはぁー、とあきれてた。
全く…女嫌いのせいで、これまで関わってこなかった殿下が悪いんですからね。
殿下にはとても良い魅力がありますのに、これでは伝わらず終いだわ…。
これは一度、殿下のためにも女性の扱い方というものを教えなければ…。
ミリーは、口こそ出さないものの殿下に対する呆れは大きくなるばかりだった。
双方の沈黙が続くと、コンコンとドアを叩く音が聞こえる。
「ルアナ様、お待たせいたしました。結果が出ましたのでお伝えに参りました。」
先程の医者が戻ってきた。
「私が扉を開けるので大丈夫ですよ。」
ミリーが扉をゆっくり開けると、医者はトレーを持って入り、机においた。
「ルアナ様、こちらをご覧ください。」
医者はルアナの血液に液体を加えると、何も変化はなく、むしろ血の色が先程よりも鮮やかになっている。
「ルアナ様の血液なのですが、検査薬をこのように入れても、毒物だと反応毒に犯されまいと自己再生を行う動きがみられるのです…。ですので、ルアナ様からは異常が見られない、というよりも自己再生能力が異常に高いことがうかがえます。」
「あの…それはそういう体質なのでしょうか…?」
ルアナは不安になる。
もしそういう体質だとわかったなら、また自分がサンドバックのように殴られるだけの”物”として扱われることになるかもしれない、という恐怖でたまらなかった。
「現時点では、そう言う体質としか言いようがないです。」
ルアナは手をさらにぎゅっと握りしめ、小刻みに震えていた。
「医者よ、このことは他言無用で頼む。ミリー、お前もだ。」
「承知いたしました殿下。」
「かしこまりました。」
ミリーも医者の深々と頭を下げる。
イアンはルアナが激しい不安に襲われていることに気付きそっと手を握る。
「大丈夫だ、貴女のこの話は他言しないし、傷をつける者もいない。安心してくれ。」
イアンの透き通るような青い瞳が力強くこちらを見つめる。
この瞳…嘘はついていないわ…でも、なんで私のためにそこまでするの…?
私はただの孤児でなんの価値もない人間なのに…。
でも、信じてみるって決めたからには、イアンを信じてみないと。
「わかりました…。」
まだ不安な気持ちはあるが、信じたいと思えた人に対して、信じるのが怖い、というのは矛盾しているような気がする。
それでも、この優しさの温もりは嘘ではない気がした。
「ゴホン!、検査結果でほかの報告もあるのですが、よろしいでしょうか?」
医者は、この雰囲気を壊してしまう申し訳なさもあったが、報告の続きをするためにも、咳ばらいをし注意をこちらに向けようとした。
「す、すみません…!」
ルアナは焦ったようなしぐさをし、イアンは顔を赤らめ、そっぽを向いてしまった。
「…結論から言いますと、ルアナ様は栄養状態がよろしいとは言えません。なので、栄養バランスの良い食事をお取りになるのがよろしいとおもいます。ですが一点だけ注意がありまして、急いでお食事をしないことです。」
「急いで、ですか?」
ルアナはきょとんとし首をかしげる。
「はい、ルアナ様の場合、自己治癒力が優れていらっしゃいますので、可能性は低いと思われますが、少しずつ食べ物に慣れないと、胃に負担がかかり腹痛を起こすかもしれませんので。」
早く食べる、そのような行為はあまりしたことがないが、ルアナは気をつけるために心の中で何度も唱えた。
「気をつけます。」
「他に異常は見当たりませんでした。」
医者に他に異常はないと言われルアナはほっとした。
「ありがとうございました。」
医者はルアナから感謝の言葉を聞くと、「それでは失礼します」と部屋から速やかに退出してしまった。
ルアナは一息つくためにミリーが用意してくれていた紅茶に口をつける。
やっぱり、ミリーさんが淹れる紅茶はおいしい…。
ほっとしているとイアンがこちらに視線を向ける。
「い、イアン…?」
「いや、ミリーが淹れる紅茶は美味しいよなぁって。俺もミリーが淹れる紅茶が好きなんだ。」
イアンも用意されていた紅茶に口を飲む。
その姿はとても優雅で、さすが王族というものだった。
私とは大違いね…。
私のは見よう見真似…あんな優雅さ身に付けられないわ、きっと…。
「ルアナ、少し君のことが聞きたいことがあるんだ。」
イアンはティーカップを机に置き、ルアナの方へと視線を向ける。
「なんでしょうか?」
「君のことがもう少し知りたいんだ、今までどのように過ごしてきたのか。」
「私は、物心がついたころから施設にいました、あのおぞましい施設です。」
思い出すだけでもあの日々は怖くてたまらない。
またスカートの裾を握りしめ、うつむいてしまった。
「あの施設では、子供にランク付けをするんです…。私はこの見た目から最上位のランクとして、ほかの子供たちょりも優遇された対応だったとは思います…。食事も必要最低限はありました。それでもみんなと変わらず、施設員が不機嫌な時、言いつけを守らなかったときは鞭打ちをされたり、殴られたり、蹴られたり…痛い思いをほぼ毎日していました。その中でも私は自己治癒能力があり、他の子よりも直りが特段に早かったので、いつも施設員の標的でした。」
ありのままを伝えた。
イアンは静かにルアナの話に耳を傾け、1つ1つの言葉を受け止めた。
しかし、眉間にしわを寄せ自分を責めるかのように話しだす。
「そんな、辛い思いをしてきたのか…。この国の王太子としてとても申し訳ない。本来この国では人身売買を禁止し人間を保護するとしているのに…!」
ルアナは慌てて「そんなことありません!」と勢いで返した。
で、出しゃばりすぎてしまったかも…。
「……その、私は、イアンのおかげでここにいられるんです。もしもあの時、イアンがあのオークション会場にいなければ私は違う人に買われ、また辛い悪夢の日々を過ごすことになっていたと思います…。それに、私以外の孤児たちの事も助けてくださいました。…感謝してもしきれないんですよ?」
「だが、しかし…!」
イアンはこぶしを強く握りしめる。
何もできていない自分に腹が立つ。
立場上、イアンは次代のこの国の王となる。
王太子、という国民を大事にしなければならない立場なのに、不正を働く者のせいでこのような子ども、小年少女が酷い目に合っていることに対して許せなかった。
「…私、あの時、オークションにかけられて、イアンに買われた時すごく不安だったんです。こんな私を買った人はどんな方なんだろうって。私の事をどんなふうに扱う人なんだろうって。でも、私が想像していたものとは違っていたんです。こんなにも私に対して優しくしてくれてそれだけでもうれしいのに、夢だったお部屋を用意してくださったり。夢の中にいるのではないかと思うくらい…。」
ルアナはこれがいつか覚めてしまう夢なのではないかと思っていた。
こんな自分によくしてくれる人なんて今まで居なかったから。
不安を悟られないように、ルアナは視線をそらす。
イアンはルアナの本心を聞き、あぁ、あの行動を起こしたことで救われた人は確実にいる、ならば守り抜きたい…同じようなことが起きないためにもと心に決めた。