祝福されし月の名
何だろうここ、とても落ち着く腕の中…。
『…わぁ…お母様…この子が私たちの妹?』
あ、あなたはだれ?…妹って?
無邪気に笑う幼い子供。
『そうよ~、うふふ。今は寝ているから、そっと触ってあげてね。』
白銀の髪に、吸い込まれるような金色の瞳を持つ女性。
なんて…きれいな人なんだろう…。
『そぉーっと……わぁ、ふわふわ、もちもちだぁ…』
『僕も抱っこしてみていいですか?』
次は男の子…やわらかい表情のまなざしだわ。
ゆらゆらとあやしてくれているような、心地よくてあたたかな空間。
『母上、もうお名前は決まっているのですか?』
『えぇ、もちろんよ。この子は月に祝福されているわ。もちろんあなた達二人ともそうよ。この子の名前はルアナ。私たちが月の一族である限り、月に由来する名前を付けるのよ。』
『何度も、母上の口からきいていたので、ちゃんとわかっていますよ。…ルアナ、とても良い響きですね。確か、先日亡くなってしまったおばあさまのお名前でもありますね。』
『そうよ、あなたの名前、セレンも私の無き弟の名前なのよ。セレーネもそうよ。数代前の月の乙女様から受け継いだのよ。』
月の乙女…?
『…むぅー、お兄様だけずるい!私もルアナを抱っこしたいー!』
お兄様…?ルアナって…私の事…?
私にはこんなあたたかな家族はいないはずよ…?
あれ?みんなが遠のいてゆく…待って…!
その小さな手を伸ばすと場面が変わってしまった。
『乙女様、お逃げください!蛇獣人がこちらに攻め入っております!』
『私まで逃げてしまっては…!ならばせめて、子供たちだけでも連れて逃げて!お願いよ!』
『それではお母様が!あの蛇獣人の私利私欲に利用されてしまいます…!』
セレンは自身の母親を心配するまなざしを向ける。
『…セレン…。この国がどうなるかわからないけれど、この国を、大陸に平和をもたらす役割を行うのは、セレン、セレーネ、ルアナ、あなた達よ。だから、強く生きて頂戴。』
母親らしき人物は私?をお兄様と呼ばれるセレンの腕の中へと預ける。
『ここにいる猫獣人の皆様、どうか我が子を、未来のために、亡命してくださいまし。』
猫獣人の従者たちは月の乙女の言葉を聞いて、ざわめいていた。
『…乙女様…それがあなたの意思でしたら、わたくしたちはその意思をお引き受けます。お子様方を精一杯守り抜いて見せましょう。』
『セレーネ、ルアナ、必ず僕が、お兄様が守り抜いて見せるから—。』
―そこで夢は途切れてしまい、ルアナははっと目を覚ます。
今のは…夢…なの?
私にはあんなあたたかな、思い出もお兄様やお姉様なんていない…、そのはずなのに、なぜか懐かしくて寂しい…。
ルアナの目には涙が浮かんでおり、なぜ涙がこんなにも止まらないのか、よくわからなかった。
______________
さぁ、ルアナお嬢様はお目覚めになられたかしら?
お医者様がもう少しで到着しますし、確認しに行ってお支度のお手伝いをしませんとね。
ミリーはうさ耳をぴょこぴょこと揺らしながら廊下を歩く。
他のメイドたちはルアナの事が気になるようだが、イアンからはひとまず、ルアナが慣れるまではミリーに任せると言われてしまっているので、あまり関わることができずにいる。
あら?あの子は確か新人の…。
「ミアさん、どうしましたか?」
「あ…えっと…、床掃除をしていたのですが、バケツを他のメイドに蹴られてしまって…。」
彼女は犬獣人で、いつも髪の毛をおさげにしている。
「大丈夫?私で良ければお手伝いしますよ?」
「い、いえ、大丈夫です。ミリーさんはルアナ様のところに向かわれるところですよね?」
「えぇ、だけど…。」
「大丈夫です!ルアナ様のところに行ってあげてください。私1人でも十分できますよ!」
彼女は明るく振舞っているが、しっぽが垂れ下がっている。
きっと新人メイドたちの中でミアに対するいやがらせでも起きている……そんな予感がしたが、ミアにこれ以上気を遣わせるのもよくない思い、ミリーはルアナのお部屋に向かうことにした。
ルアナの部屋に近づくにつれ、何やら泣いているような、そんな声が聞こえる。
ルアナ様…、もしかして泣いていらっしゃる?
ミリーは、ルアナが心配になり、急いで部屋に向かう。
やっぱり、この声はルアナ様のものだわ…きっと何かあったのね。
部屋の前の扉に着くとやはり、ルアナの泣いている声が少し漏れていた。
コンコンと扉をノックすると、ルアナの泣き声がピタッと止まってしまった。
「…ルアナ様、ミリーです。中に入ってもよろしいでしょうか?」
少し間が空いてから、「…大丈夫です…。」と弱々しい声が聞こえた。
「失礼します。ルアナ様…ご気分はいかがですか?」
「…だい、じょうぶよ。」
「本当ですか?目が赤く腫れてしまっていますが…何か嫌なことでもありましたか?」
「なんだか、懐かしい感じがするような夢を見たんです。」
「夢ですか?」
「私には家族というものがなかったはずなのに、夢に出てきたの…。でも、なんだか懐かしくて、それでいて悲しいの…。なんでかわからないんです…。」
ぐすっとまた涙を流す。
「ルアナ様…とりあえず、目が赤くなっていますので、冷やすものを持ってまいりますね。」
「ミリーさんありがとうございます…。」
「お気になさらないでください!すぐに冷やせるものお持ちします!」
ミリーは部屋から出ると急いでどこかに向かっていった。
—しばらくすると、ミリーが冷やしたタオルを持ってルアナの部屋に戻ってきた。
「ルアナ様、冷やしたタオルをお持ちいたしました。こちらで目元を冷やせば少しは赤みが引くと思います。」
「ありがとうございます…。」
ミリーの温かな優しさに包まれながらも、胸の中にはまだざわめきが残っていた。
「あのね、ミリーさん。」
「いかがなさいましたか?」
ルアナはうつむいたまま話始める。
「私、夢を見たの…。とても現実味のある夢だったわ…。その中に出てくる人たち皆温かくて、優しくて、こんな私を大事にしてくれていたの…。それなのに…私は肝心なところで…皆を守れなくて…。」
思い出しただけで苦しい…。
鮮明に覚えている、あの生々しい光景。
覚えはないのになぜあんなにも現実味のある夢を見たのか、疑問でしかなかった
沈黙が続く中、ミリーがふと口に出す。
「ルアナ様が見られた夢は単なる夢ではないかもしれませんね…。」
「…えっ?」
ルアナはびっくりして声を上げる。
「私もよくわかりませんが、私の勘がそういっているのです。信じるも信じないもルアナ様ご自身にお任せいたしますよ。」
ミリーはにこっとルアナに笑顔をむける。
私に特別な力はないと思いたい…でも、施設にいたときから殴られても怪我を負っても、なぜかほかの子供より早く回復してしまう。
ただそう言う体質なだけかと思っていいたが、もしも私に特別な力があったとしたら?どうなるの?
自分にあるかもしれない特別な力、得体の知れないもの…、不安が募るばかりだった。
「さぁ、ルアナ様。入浴いたしましょうか。」
「にゅ、入浴ですか?私なら水浴びで大丈夫です…。」
「既に温かいお風呂をご用意しているのでご案内いたしますね。」
ミリーの表情は笑顔だったが、なんとしてでも温かいお風呂に入れさせようと強制的に連れて行かれた。
「わ、私に温かいお風呂なんてもったいないです…!水浴びで十分ですからぁぁぁ…!」
ルアナはそう叫ぶもミリーはスルーする。
「さぁ、ルアナ様お風呂場に着きましたよ。ここからはお風呂担当のアイリスが綺麗にしてくださいますよ。」
「貴女がルアナ様ね〜!殿下からお話を聞いているわぁ〜。」
アイリスは猫獣人で、白い耳と長いしっぽが魅力的で、男女問わず見とれてしまうような、そんな色気を持っている。
「うふふ、殿下ったら見る目があるのねぇ〜!ルアナ様、磨けば光り輝く宝石になるわぁ〜♡」
ふふっと微笑む姿は見入ってしまうような、甘いく目が離せない。
そんなことを思っているといつの間にか服が脱がされており、ルアナはきゃっ!と身体を手で隠す。
あらぁ…?この子なんでこの紋章が…?
「ルアナ様、もしかして貴女─。」
言いかけたところでミリーが「ルアナ様、アイリスは美容のプロなのですが、無理だ思ったら引っぱたいてくださいませ。」 とルアナに何やら話をしているようだった。
なんで…月の乙女様の子供がここにぃ…?
でもぉ…紋章が偽物の可能性もあるわぁ…。
入浴すれば、偽物か本物かわかるはずよねぇ…。
もし本物なら、殿下にはお話した方がよろしいかしらぁ?
「さぁ、ルアナ様ぁ〜綺麗にいたしましょうねぇ〜!このアイリス、美のプロとして腕によりをかけますわぁ〜!」
ルアナは恥じらいつつもアイリスのされるがままに入浴が行われた。
入浴後、キラキラに綺麗に仕上がった。
鏡の前に映る私は本当に私なのかしら?
銀髪に艶が生まれ、綺麗なストレートロングヘアへと生まれ変わり、肌も保湿されふわふわもちもちになっている。
どこかの貴族の令嬢のような美しい仕上がりだ。
「綺麗…、これは本当に私…なんですか…?」
鏡をじーっと見ていると、アイリスが「そうですよぉ〜!ルアナ様は宝石の原石でしたもの〜、磨けば磨くほど更に美しくなると思いますわぁ〜♡」 と嬉しそうに語っていた。
ルアナの準備が終わり自室に戻ると、ミリーから伝えられた通り、医者による診察がスタートした。