宵闇から新たな日の元へ
一歩、一歩とゆっくり階段を下りていくと、地下特有の少しジメっとしたような匂いがした。
「…少し、地面がぬかるんでいるから失礼するよ。ルアナ」
先程と同じようにお姫様抱っこをされる。
「わ、私ちゃんと歩けます…!」
「しかし、その服と靴ではしんどいと思うぞ?」
そうだわ、今は履きなれていない靴にドレスということを忘れていたわ。
このまま歩いてもきっと靴擦れやこのタイトなドレスの裾を踏んでしまいそうだし、何よりこの人に迷惑をかけてしまいそう…。
「あ…あの、えっと…こ、このままで…お願いします…。」
申し訳ない気持ちと迷惑をかけていないかという気持ちで不安で俯いてしまう。
「王城までは少しかかる、寝てもいいからな。」
と言われたものの、ルアナはこの状況で寝れるほど図太くない。
なにせ、初対面の男性、しかもこの国の皇太子だ。
さすがにルアナでも王族には失礼のないようにしなければいけないとわかっている。
しかし、イアンの腕の温もりと陽だまりのような、さわやかないい匂いに包まれルアナのまぶたがゆっくりと落ちてしまった。
…最初から思っていたが、こんなにもやせ細っているし、うまく見えないようになっているが、ところどころに虐待の痕が見られる。
孤児の保護、人間の保護を謳っていた彼だが、やはり金に目がくらんだか…。
取引に関わっている貴族も、その場にいた貴族も処罰するべきだろう。
会場内を見ただけでどんな人が来ていたのかはわかっているが、騎士団に任せ、ルアナを王城に一度送り、もう一度現場に戻る。
騎士団には闇オークションに関わっている人物は捕縛をしろと命令しているので、逃げられる可能性は少ないだろう。
急ぐためにも、イアンは全力を出して走り出し王城へと向かうのだった。
地下通路から上へと伸びる階段を上ると、イアンの執務室にたどり着いた。
夜中と言えど、見回りを行っている使用人たちをベルで呼ぶ。
ほどなくして、ノック音が聞こえ、失礼しますという声が聞こえる。
「イアン殿下、何か御用でしょうか?」
うさぎ獣人のメイドが部屋にやってきたようだ。
彼らの聴覚は優れたものであり、また瞬発力もあるので、貴族の使用人としてはとても重宝される種族だ。
「夜中にすまない。ちょっといろいろとあって、人間の少女を保護することになった。今は寝ているが、空き部屋を掃除して、この少女用の部屋にしてくれ。あと、この時間だが食事もまともに採れていないだし、軽く食事を用意してくれると助かる。」
「かしこまりました。起きるまでこの子をここで寝かしたままでもよろしいですか?」
「あぁ、かまわない。俺はもう一度出かけなければならないから、その子の面倒を任せたぞ、ミリー。」
「かしこまりました。殿下お気をつけていってらっしゃいませ。」
イアンは窓からそのまま外に出て行ってしまった。
危ないからおやめくださいと何度もおっしゃっているのに…。
そんな風にも思ったが主人を送った後、ミリーはルアナの傍により状態を確認する。
ふと腕から覗く何かが気になりそっとめくってみる。
…この子、こんなにも痣が…。
きっと大変な目にあったのね…。
それに、とてもかわいらしいわ…殿下ったら女性には興味がないっておっしゃっていたけれど…うふふ、春でも来たのかしら。
近くにあった毛布をルアナにかけ、ミリーはまず彼女のために空き部屋を片付けるところから始めた。
________
一方でイアンはすぐに先ほどいた闇オークションの会場へと到着した。
危ないところにルアナを置いていけるわけがなく、往復したが…部下たちは優秀だきっと大丈夫だろう。
騎士団長と父上からの提案で今回の事件を終わらせ、国民に安心を与えることにより俺の立場をより安定したものにしなければ…。
「すまない、遅くなった。どのような感じだ?」
「はっ!現時点でオークションに関わった者はすべて捕縛済みです。捕縛したものは先ほどのオークション会場のステージ上に集めています。参加者は出入り口を塞ぎ、まだホール内に残ってもらっています。」
「わかった、後は俺がやる、周辺の警護に当たってくれ。」
「承知したしました。」
再び闇オークション会場の中に入る。
関わった者たちにはちゃんとした罰を下さなければならない。
さて、どうしようか。
少しでも情けをかけようものなら、再犯してしまう可能性もある。
かといって、厳しい処罰にすれば反感を買ってしまうかもしれない。
だが、この国での人身売買は極刑だ。
判断は任せるという父上からの言葉もある。
ならここにいる全員に見せしめで公開処刑を行えばよいだろう。
いつもの従者を侍らせ、闇オークションのステージへと移動する。
「ここにいる皆様、俺が誰だかわかるはず、ですよね?ここに王族が来るはずないと思われていた方もいらっしゃったと思いますが…、貴方たちがしでかしたことの重大さをおわかりいただけただろうか?まぁ、こんな闇オークションに足を運ぶ時点で、貴様らは事の重大さをわかっていないようだがな。」
睨みつけるように闇オークションの3人の主犯を見ると、1人は青ざめ、2人は1人に罪を擦り付けようと必死に口を動かしていた。
「…擦り付け愛をしたところで変わらぬぞ。貴様らが起こした数々の悪事に関する証拠はすべてそろっている。さて…今、この場で断罪を行う!」
イアンの高らかな声とともに、従者は暴れる罪人たちを床へ押さえつける。
「加担した者、会場に足繁く通った者にも罰を下す!覚悟して聞け!」
イアンは自身の剣を抜き、客席にいる貴族たちに剣を向ける。
客席を見ると貴族の子息、令嬢もいるみたいだ。
しかし、重罪という事には変わらない。
そして、未来ある若者であっても罪を犯したのなら償ってもらわなければならない。
「まずは、ステージ上にいる主犯たちから断罪を行う。さて、貴様ら3人は国家を裏切るのも同然の重罪を犯した。それにより即刻、死刑とする。異論は認めない。客席にいる参加者も人身売買に加担、人間保護法に背いた場合今回と同じ刑に処すことを覚えておけ。」
イアンは主犯3人を取り合さえている部下に目配せし、横一列に並ばせた。
「命乞いをしても無駄だ、あの世で罪を償う事だな。」
そういい、イアンは一思いに剣を振り下ろした。
キャー!と女性のかん高い悲鳴が会場内に響き渡る。
客席にいる貴族や商人は怯えているようだった。
「さて、主犯3人の処刑は終わった。次は貴様らだ。貴様らには爵位剥奪、全財産の没収に加え、生涯無給労働の刑に処す。国に奉仕することで、罪を償い、国に利益をもたらしてくれることを願う。拘束し王城へ連れて行け!」
指示通りに騎士団たちは客席にいる貴族や商人を拘束し、罪人専用の馬車へと移動させる。
鎖につながれているのにも関わらず、抵抗し逃走を図るものもいた。
「逃走を図ろうとしたら、足の腱を切るが…どうするか?」
にやりと微笑むイアンを見て、逃走を図ろうとした獣人は何かを察して、顔を青ざめ大人しくなった。
これでひとまず、この事件は幕を閉じるだろう…。
このまま俺もあの馬車とともにおうじょうへ帰ることにするか…。
辺りは少しづつ明るくなっており、冷たい夜から新しい、暖かな朝日が昇り始めているのだった。