夢じゃないなら
控室の窓から飛び降り、次々に屋根を飛び越え闇オークションの会場から遠ざかってゆく。
何てきれいな夜空なんだろう。
生まれて初めて、自分の瞳に映る景色が綺麗だと感じられた。
そんなことを考えていると後ろから追いかける足音が聞こえたのと同時に弓矢がこちらに飛んできた。
「い、イアン!」
ルアナは自分が射抜かれてしまうのではないかと思い、イアンにぎゅッと強く抱きしめる。
「大丈夫だ、追手を巻く術はある。俺にしっかりつかまっていてくれ…!」
家屋の屋根を軽快に飛び越えるかと思いきや、地面に降り立ち、上から行動が丸見えで不利な状況になったにも関わらず、失速せず走り続ける。
追手たちを巻くと言っても、ここは平民たちの家屋が並ぶ。
路地裏ばかりで、いつどこで行き止まりになるかわからない。
月明かりに照らされた路地裏を迷いもなく駆け抜けてゆくイアン。
いったいどこに向かってるのか…。
路地裏を突き進み、開けた場所にある古い塔のような場所に入る。
扉は重く、1人では簡単に開くことさえできないような重厚な扉がそびえたっている。
どうやって扉を開くのか疑問に感じていると、イアンが扉の前に立つ。
扉の前に立つと、小型ナイフでイアンは自分の指を少し切った。
その血を重厚な扉の前に垂らすと塔の扉が開き始める。
ゴゴゴ…と重たいものが動く音が鳴り響く。
ルアナはイアンに抱えられながらその塔の中へと入っていく。
入った瞬間、先程と同じ音を響かせながら扉が閉まっていく。
塔の中には書物や螺旋階段が上へと続いている。
「疲れただろうルアナ、少しここで休憩しよう。」
2人は階段横の壁に背中を預けるように座った。
「あの、イアン…、ここは、どこですか…?」
「ここは初代国王が建てたとされる塔だ。今はもう使われることのない場所で、王家しか知らない秘密もある。」
「な、なら私がここに居たらよくないんじゃ…⁉」
王家の人しか知らない秘密がある、と言われルアナは口封じのために自分はやはり奴隷のようにされてしまうのではないかとびくびくしているとイアンがこちらに微笑みかける。
「大丈夫だ、ここを知ったところでと言いたいところだが、そうだな…ルアナが口外してしまってはこちらとしても困る。だから俺の婚約者になれ。」
「こ、婚約者ですか⁉で、でも王家の方なら婚約者はすでにいるのでは…?」
「あぁ、それだが、俺には婚約者はいない。」
「なぜなのか理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、もちろんだ。俺は王家の人間だが、王太子なんだ。」
王太子、という言葉を聞きルアナは目を見開く。
「王太子だったのですか⁉」
「あぁ、言わなかったか?」
きょとんとするイアン
「い、言われてません…。騎士団の方が殿下とお呼びしていたので、王家の方であることはわかっていたのですが…。」
「そうか、それはすまないことをしたな。さて本題に行こうか。俺は確かに王太子だが、貴族の令嬢にはうんざりしていてな。媚びへつらい、王太子妃になれれば将来この国の王妃になれるも同然の地位だ。しかし権力だの地位だのそんなのに目がくらむ令嬢たちを婚約者にするのは反吐が出るんだ。それでいない。父上には催促されるように縁談を持ち込まれるし…。」
「な、なるほど…そう言う事だったんですね。でも、私は人間でしかも貴族の礼儀作法でさえ知らないんですよ?そんな小娘がイアンの婚約者が務まるとは思いません…。」
「でもルアナは王家の秘密を知ってしまった、そうだろう?それに記憶も曖昧と言っている。帰る家はあるのかい?」
「そ、それは…。」
「ないのであれば、俺がルアナの衣食住を保障する。そのかわり、俺の婚約者になれ。利害は一致していると思うが…。ダメか?」
確かに利害は一致している。
私は帰る家がどこなのかさえわからない。
衣食住が保障されるのであれば、イアンの婚約者になるのが手っ取り早いだろう…。
「わかりました…。私がイアンの婚約者にふさわしいかわかりませんが、なります。…帰る場所もないので…。」
「なら、秘密の通路があるんだ、そこを通って王城へ向かおう。さぁ、立てるかい?」
イアンは優しく手を差し出してくれる。
まだ怖い、この優しさが夢なんじゃないかと思って。
でも、夢じゃなく現実ならば、これは私にとって最初で最後のチャンスなのかもしれない。
そんな希望をかすかに持ち、イアンの手を取る。
今度は足に力が入ったようだ。
なんとか立つとそのまま書棚の前へと移動する。
イアンは一つの本を棚に押し込むと扉が動き出し、地下へと続く階段が床から現れる。
「さぁ、行こうか、王城に。」
イアンの言葉とともにルアナは一歩ずつ地下へと続く階段を下って行った。