少女の名前
目玉商品である私が落札された後も、残りの商品を競売にかけていた。
会場内では物珍しい宝石などに目を奪われた人々が次々に競売に参加している。
私はそんな会場から「新たな主人」の控室に移動した。
遠目から見た「新たな主人」は冷酷そうな人物な感じがした。
私を連れるために一緒に落札者の控室に来た施設員はじろじろと私を見る。
「あんな高値で売れるとは…7番お前は上等品だっ…!新たな主人はまだ来ないし少しだけ…ぐへへっ…。」
気味の悪い笑みを浮かべ、7番の少女の衣服の一部を破く。
今まではこんなことなかった。
怖い、けど逃げたらもっとひどいことをされる…。
長年虐待されてきた恐怖心があり顔を真っ青にしながら震える。
―バンッ!
扉が蹴破られる音が響くのと同時に控室の空気も凍てついた。
黒いマントをなびかせ、仮面を外し、狼獣人がこちらに歩いてくる。
「あ、貴方は…。」
施設員の男が顔を青ざめる。
「な、なぜ貴方のようなお方がこちらに・・・。」
施設員の男はがたがたと震えながら狼獣人へと目線を向ける。
「やはり、貴様が人身売買に加担していたか。ラドクリフ卿。」
狼獣人の男はラドクリフという男に剣先を向ける。
「お前たちこの男を連れていけ。」
「ですが殿下、個の闇オークション自体いかがなさいますか?」
「そうだな、違法オークションなのは間違いない。人身売買に加担した奴、後はオークションの主催者も捕縛し地下牢に。待機している者にやらせる。まず、ラドクリフ卿をお前らで連れていけ。」
「はっ!」
殿下、と呼ばれた男性は部下2人組がラドクリフ卿を連行した
控室には狼獣人と私だけ。
こちらに歩み寄ってくる。
私はあの人みたいに私も何かされるのではないかと思い、体がビクビクと震えだす。
それを見た狼獣人の男は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すまない、怖い思いをさせてしまった…。」
先ほどのような威圧感のある声ではなく、どこか優しく悲しげだった。
「俺はあなたに危害を与えるつもりはない。むしろあなた達のような人間を助けに来たんだ。」
彼の整った顔がにこりと微笑む。
「このままじゃ一緒に外には出られないから俺のマントで前を隠して。」
先ほど施設員に洋服を破られ、胸元がはだけてしまっていた。
狼獣人はしゃがみ、少し恥ずかしそうに自身の黒色のマントを少女の肩にかける。
「君の名前は?教えてくれるかい?」
「…な、まえ?」
名前を聞かれるだなんて思わなかった。
だって、本来なら主人に付けられるものだから。
私は、彼に名前を付けられると思ってたのに…。
「あぁ、君の名前だ。」
力強く、そして優しく話しかけてくれる。
「ずっと、施設では7番って…。」
目を合わせるのはまだ怖い。
俯いたまま答える。
「そこに来る前の自分の名は覚えているかい?」
「…る…ルアナ…。」
恐る恐る記憶の片隅に眠っていた自身の名前を口に出す。
「ルアナ…、月を意味する名前だね、とても素敵な名前だ。」
彼は私を安心させようと微笑みかけてくれた。
「私の名前はイアンだ。」
「イ…アン…様…。」
名前を覚えるために、ぽつりぽつりつぶやく。
「様なんてつけなくてよい、イアン、と呼んでくれ。」
恐怖や緊張を与えないために彼は終始優しい顔でルアナに接していた。
「ルアナ、これからここは乱闘が起きるかもしれない、安全な場所に移動してほしいんだが、歩けそうかい?」
イアンは立ち上がり、手を差し伸べる。
彼を信じて、この手を取ってもいいのだろうか。
まだ不安が残る。
しかし、自分を買ったのは彼だ。
主人のからは逃げるということは、奴隷として失格だろう。
風変わりな主人だが…。
でも、私が生きるためにはこの人に従うしかない。
恐る恐る、彼の手を取り、立ち上がろうとするも、体力の低下や今までの出来事で腰が抜けていたらしく、うまく立ち上がることができない。
「大丈夫じゃなさそうだな…。俺がまだ怖いかもしれないが、ルアナ失礼するよ。しっかり俺につかまってて」
ひょいっとイアンがルアナを軽々しく抱き上げ、控室から急いで脱出する。
「い、イアン…私、1人で歩けます…だからおろして…。」
恐る恐るとイアンに抗議するもイアンには却下されてしまった。
「立ち上がることもままならない状態なんだ。俺に身を任せてくれ。」
ルアナはその言葉を聞いても不安そうな顔をしている。
「わ、私はイアンの奴隷…なんですよ…。奴隷がこんなことされる権利なんて…。」
「ルアナ、君を奴隷として扱うために買ったわけじゃない。俺はルアナを助けるためにここにいるんだ。」
「…。私に、自由というものがあるんですか?」
「あぁ、あるさ。そのために今俺がいる。今は信じられなくても、俺と一緒に来てくれ!」
自由はある…肯定してくれたのはイアンが初めてだ。
あぁ、諦めていたのにな…、あるって言ってくれた彼の顔は本気の顔をしていた。
少しだけ、彼を信じてみてもいいのかもしれない。
今の私にはもう帰る場所なんてどこにもないんだから。
今の自分の選択がバカみたいなものだとしても、少しだけ、少しだけでも希望があるのなら…。
希望の光が見えるのと同時にイアンと私は闇オークションの会場から抜け出した。




