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月の声が囁く夜に

あの日、自分が何者なのかイアンはゆっくりわかっていければでいい、そう言ってくれた。


焦る必要はない、自分でもわかっている……そのはずなのに…。


自分が何者かわからないままイアンと一緒にいる事が不安になっている自分がいる。


 夜風を感じたくて扉を開けてみる。


あけた瞬間、白銀の光がそっと肌に触れた。


夜気は冷たいのに、月だけが柔らかくこの世界を抱きしめている。


息をひそめる夜の中、ただただ光だけがルアナを静かに撫でていた。


風に髪が揺れ、より一層月の光が増すと、どこからか懐かしい声が聞こえてくる。


『…ル…ナ…愛しの…ルアナ…』


これは…夢の中で聞いた声だわ…。


『ルアナ…愛しているわ…』


「お、お母様なの!?まって、お母様!!!」


ルアナが月に手を伸ばそうとしたその時、誰かにぐいっと後ろに戻される感覚がした。


「ルアナ!危ないじゃないか…!」


「イ、イアン…?」


イアンに止められたことによってルアナははっとする。


ここはバルコニー、それも3階…。


もし落ちてしまったら…取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


「イアン、ごめんなさい。そしてありがとう戻してくれて。」


「かまわないよ。それにしてもルアナ、君は大丈夫かい?」


胸の奥がまだざわめいていた。


夢と現実の協会が曖昧で、声の残響が離れない。


「わからないの…。お母様の声が聞こえた気がして……。」


震える指先をイアンがそっと包み込む。


その手は夜風よりも温かく、確かにここにある現実だった。


「そうか……。でもルアナ、君が危ないと思ったら俺が止める。

でも……知りたいなら、俺も力になろう。」


月明かりが2人を照らし、影が寄り添うように重なる。


ルアナは夜空を見上げた。


あの光の向こうに答えがあるのなら、怖さも不安も抱えた七進める気がした。


「ありがとう、イアン。

確かめてみたい、あの声と私の夢の意味を。」


イアンの指が少しだけ強く握り返す。


夜は静かなまま、そして2人の知らぬところでは何者かが動いていた………。


 夜の静けさが戻り、ルアナはイアンと並んでゆっくりと部屋へ戻った。


けれど胸の奥には未だ熱の余韻が残っている。


まるで誰かが内側から呼び起こそうとしているみたいだ。


くぐもった光の脈動が、身体の奥でうずいていた。


(なんだろう……心臓じゃない。もっと深く、体の奥が……燃えているみたい。)


眠れる気はしなかった。


ルアナは胸元にそっと手を置き、布越しに感じるかすかな温度に息を呑む。


——夢で見た紋章と同じ場所。


イアンは扉の前で立ち止まり、ちらりとこちらを振り返った。


その表情には普段見せない影が差している。


「ルアナ、今夜の事は…誰にも言わない方がいい。」


「………え?」


一瞬、彼は言いかけて飲み込む。


月明かりに照らされた横顔が揺れていた。


「俺は、君を守りたい。それだけは信じていてほしい。」


その声は頼もしいはずなのに、どこか苦しげだ。


ルアナは問い詰めたい衝動を抑え、ただ静かに頷いた。


そして知らぬところで——。


屋敷の影、月の届かぬ場所に黒い影がひとつ。


バルコニーを見上げていたその人物はルアナの胸元の淡い光にかすかに目を細める。


「目覚めの時が近いか……やはり”血”は誤魔化せん。」


低い声が夜気を割く。


風が吹く。


影が揺れ、次の瞬間にはもうそこにはいない。


月だけがすべてを視ていた。

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