1人じゃない
ルアナが寝てしまった…寝顔もなんてこんなに愛らしいのだ…。
イアンはルアナが眠った後も寝られず、ただただルアナの頭や頬を撫でていた。
あんなにやせ細っていた少女だったのに、こんなにも健康的な体に…しかも肌も髪も触り心地がいい…。
さすがだなアイリスは。
—最初から思っていたが、手入れをしなくともこんなにも目を引くような美しさを持つ人間は初めて見たな…。
さらさらと銀髪を撫でながらルアナを見ているとみたことのない紋章が光を帯びて胸元に浮かび上がっていた。
…これは、アイリスが言っていた月の乙女の紋章か?
アイリス曰く、月の乙女の力を使うと体のどこか一部分に紋章が浮かび上がるそうだ。
…これが、月の乙女の証—。
イアンはすーっとその紋章を撫でるとくすぐったかったのか、ルアナの口からんっ…と吐息が漏れる。
—っ、いかんいかん…。
イアンは我に返るように手を離す。
ルアナに背を向けるようにし、イアンも眠りにつくのだった。
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見覚えのあるような、そんな温かな景色が映る。
「セレン、セレネこちらにおいで、いい物を見せましょうか。」
「なにを見せてくださるのですか母上?」
「なぁに?お母さま?」
またあの家族だわ、ここは夢の中なのかしら?
「セレン、少しルアナを抱っこしてくれるかしら。」
「わかりました、ルアナお兄様が抱っこするね。」
セレンは笑顔でルアナを受け入れる。
このお兄様の腕の中はとても温かいわ、それにやっぱり懐かしい感じがするのは気のせいなのかしら…。
「あぅ!きゃっきゃっ!」
か、体が言う事を聞かないわ…。
「ふふ、ルアナはセレンの事が大好きなのね」
「私だって、ルアナのこと大好きなにぃ!」
セレネが食い気味に間に入る。
「あ~!」
あぁ…やっぱり体が勝手に…。
ルアナはセレネの方に手をんっ!んっ!と伸ばす。
うぅ、自分の意志に反して動くだなんて…恥ずかしいわ…。
「お母さま見て!ルアナも私の事大好きだって!」
「ふふ、ルアナは2人の事がとても大好きなのね。」
儚げなその女性は子供たちを見て優しく微笑む。
「今から見せるのは、豊穣の力よ、豊穣の力とは何かわかるかしら?」
その問いかけを聞いてセレンが真っ先に答える
「豊穣の力は植物の成長を早めたり、実りを多くしたり、土地を豊かにするための力ですよね。」
「えぇセレン。そうよその通り。今日はお母さまがその力を見せてあげるわ。」
月の乙女が祈るようにして舞うその姿はとても神秘的なものだった。
セレンもセレネも息をのむようにしてその舞を見ていた。
するすると植物が成長し綺麗な花を咲かせ始める。
植物の成長を見ながら待っていた月の乙女は舞をちょうどよいところで終わらせた。
「…こんなところかしらね。」
ふふっとほほ笑むその姿は庭に咲き誇ったゲラニウムと相まってとても幻想的で美しかった。
「すごい…こんな短時間でこんなにも花が咲き誇るのですね。」
セレンやセレネは綺麗に咲き誇った花を見て驚いていた。
「月の乙女の子孫は少なからずこの力を扱うことができるのよ。でも月の乙女になるためには————。」
意識が徐々に遠のいていく。
待って!まだ知りたいことがあるの!私は何者なの?あなた達は私の家族なの?
待って、お願い………!!!!
遠のくその意識に手を伸ばし戻ろうとするも、戻ることは出来なかった。
息を切らしながら目を覚ます。
…さっきのは夢…なのね…。
温かな家族を感じるも夢から覚めれば家族なんていない、そんな現実が少しだけ辛かった。
今、何時なのかしら…お水を取りに…。
ルアナがベッドから起き上がろうとすると何故かイアンの腕の中にすっぽりと収まっており、身動きができない状態だった。
い、いつの間に…!?
イアンとはお互いに別方向を向いて寝たのに…!
もぞもぞと動こうとするが、イアンの腕の力は思ったより強く、筋肉がしっかりついているからこそ重い。
ルアナは身動きが取れず、とりあえずイアンが起きるまで待つことにした。
しばらくするとイアンも目を覚ますが、起きたときにルアナに抱き着いていたことにびっくりしていた。
「す、すまない…君には触れないようにと気を付けていたのに、無意識のうちにこんなことに…。」
「わ、私は気にしてないので、大丈夫ですよ…!」
「そうか、本当にすまなかった。」
ルアナは小声で「むしろ、このままいてほしいです…。」と声に出したのを獣人のイアンはそれを逃さなかった。
「…。」
イアンは何も聞かなかったことにし、無言でルアナを抱きしめる。
獣人の特徴として、聴力や嗅覚がとても優れているため、小声だろうが獣人のイアンには聞こえてしまう。
イアンは正直、このままルアナを抱きしめてもいいのか不安だった。
「…最近、変な夢を見るんです。家族がどんな人たちなのかわからないのに、家族が夢に出てくるの…。」
ルアナは物心がつく前にはあの養護施設という名の奴隷商人の施設で暮らしていた。
家族の記憶はないはずなのに、なぜ夢に出てくるのかわからず不安に思っていた。
「私の事を温かい目で見てくるんです…。貴女は大事な家族なのよ、そんな風な視線を向けられるの…。」
ぽつり、ぽつりとこぼれるルアナの話にイアンは耳を傾けていた。
「でも、私には物心がついた時から家族なんていなかったわ!それに…、それに…もしも本当の家族だとしてなんで私はあんな奴隷商人の施設にいたの…?本当はいらない子だから捨てられたんじゃないかって…とても不安になるの。」
イアンは彼女の出自を知っている。
こんなにも孤独で苦しんでいる彼女のために”君に家族はいる”、”あの時は内乱が起きてしまったから”などと声をかけたほうがいいのか、それもまだ伝えずにいたほうがいいのか、イアンにはまだわからなかった。
そんな彼は不安でいっぱいな彼女を優しく抱きしめ、大丈夫だ、孤独ではないと言わんばかりに背中をさすっていた。
「…私って一体何者なのかしら…。わかりたいのに、わからないの…。」
イアンは微笑みをルアナに向ける。
まるで安心していいんだぞ、というように。
「焦って自分の事を知ろうとせずとも大丈夫さ。ゆっくり、自分の事をわかってあげられたらいいと思う。」
「そういうものなのかしら…。」
ルアナはそう言い、思いつめたような顔が少し緩まる。
「そういうものさ。焦っていたら逆に自分の事がわからなくなってしまうからね。」
うーんとルアナは考えていると急に思い出したかのように質問してきた。
「イ、イアンそういえば今の時間って…。」
「……夕方の5時…だな。」
2人は顔を見合わせ笑い合うと同時にちゃんと休憩を取らなくては…、と反省するのだった。