春雷に目覚め
「どうして、なんで…。」
電車が通り過ぎていく。冷たい雪が頬を伝う。それが桜であったこと知る。夢にまで見た憧憬に笑う。そして自分が世界で何より醜いことを知る。
「…。」
此処には誰も居ない。始発でもない。電車はもう来ない。白銀と斑の桜が、俺の視界を染めている。あの少女は何処へ行った?それも…もう忘れて眠る…。
「深海に…。」
ハッとして目を覚ました。誰も居ない…。そう、俺は一人で暮らしている。深夜二時過ぎ。水を飲みに行こうと立ち上がりかけるが、布団の温もりが恋しくてやめた。
充電済みのスマホを掲げると眩しくて目が潰れるが、時間ぐらいは分かるから…深夜一時。思ったより時間は経っていなかった。
「…何も聞こえない…。」
布団を抱きしめる、抱きしめ返されるような感覚と心地に縋る。まるで大きな身体が、俺を射抜くように、線を撫で上げる。思わず息を吞んで、目を開けると猫のぬいぐるみは、やあと俺に深夜のあいさつを仕掛ける。
「萎えた…。」
やっぱり立ち上がって…でも微睡が訪れて…。
「寒い…のかな…春…だよね?」
「違うよ。」
大気中に彷徨う声が、俺の質問に凛と答える…。君は輝夜姫の少女、美しい夕焼けに立つ白い服の少女。戦場でも炎に呑まれず、俺を見据える黄金の瞳…。
「電車も来ない…白熱灯が揺らいで…此処に誰も居ないことが寂しい…。」
「この姿は見えていないの?」
「あぁ…あの子は、俺を慰めてくれるかなぁ…。」
「そこには誰も居ないよ…。」
手を伸ばしても、空には星が咲いていない。夜更けに降り積もる雪か…将又、昼間に吹雪いた桜色か…。俺を愛してくれる人は何処にいる…。
「…貴方自身が、貴方を愛するのでは、ダメなの…?」
「…。」
目を見開いても涙は零れない、空をぐるぐると旋回する花弁を一つ、指先で取っても…。崩れる身体を支えてくれる人はいない。
「人は一人なの…。」
「人間は孤独だ…。」
「自分を愛せる心があるから…。」
「自分すら愛せないのだから…。」
列車のホームに立って、次の便を待つ。それとも…降りて歩いた方が早いんだろうか。
「そうだね…。」
君を一瞬だけ可視化する…君は…。
「あ…。」
流れ落ちた涙をぬぐう。もう朝になっていたようだ。カーテン越しに光が零れる。八時くらいだろうか…静かだ。
「…ゴミ出し…行かなきゃ…。」
ふらっと立ち上がる。巻き付く布団は置き去りにする。部屋はこの生活に反して奇麗だ…否、恐らく俺は人並みの生活だ。
「…。」
狂いきれもせずに、ただ朝に目覚め、夜に眠り、2回の食事をとって、そして金を稼ぐ。何処にでも居る…。
「火曜日だから、燃えるゴミの日だ。」
一般的な人間に過ぎない。




