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ー56ー【完】

 こんなに遅くなったので、ララ達の就業時間を過ぎてしまいそうです。住み込みで仕事をお願いしてるとはいえ、公私の区別はつけなくては。ですが彼女たちはいつも私を最優先にしてくれて、今日のように帰宅が遅くなっても変わらずに待ってくれているでしょう。

 それもあって定時に帰宅するよう心がけているのに、とこぼすと第二王子殿下は困ったように笑いました。


「なあ、アデリー。君は彼女たちがこれほど親切にしてくれるのを不思議に思わないのかい?」


 家の前で停車した馬車のなか、ドアにかけた手を下ろしました。


「思わないわけありませんわ! あれほど職務に忠実な家政婦長やメイドとご縁があるなんて、私はなんと果報者でしょう。いくら感謝してもしきれませんわ」

「職務。なるほど、単なる職業意識で親切にしていると思ってるのだね」

「それ以外にどんな理由がありまして?」


 私のような人間にまであれほどに親切にしていただき、本当にいくら感謝してもしきれません。

 なのに第二王子殿下は、皮肉気な笑みを浮かべるのです。


「はっ、なるほどな。その言葉を彼女たちがきいたら、どれほどガッカリするだろう」

「どういう意味ですの?」

「彼女たちは機械じゃない。嫌な主人だと思えば仕事の範疇以上のことはしないだろうし、その逆もまた然りだ」


 おっしゃる意味がわかりません。


「俺だっていくら部下が残業しようと、誰彼かまわず送り届けてやるもんか。せっかくの厚意を相手の人間性だと決めつけて思考停止するなよ」

「さっきから何をおっしゃりたいのです」

「君は自分がつまらない人間ではないと気がついたのだろう? いいことだ、もう一歩踏み込め」


 そんなことを急に言われても、ようやく自分を否定しないでいられるようになったばかりなのです。さらに一歩と言われても理解が追いつきません。


「まだわからないのか。しかしいくらなんでも、シャルロット嬢が君を好いていたことは認めるだろう?」

「シャル様は私を誤解していました。そして本当の私を知ったから離れたのです」


 仕方ありません。

 私には、最初からそんな価値がない。


「彼女が自分の願望込みで君をみていたことは認めよう。だがそれだけが全てか? あんなに人の感情に敏感な彼女が、君のことを100%なにからなにまで誤解して、一緒に過ごした日々も全部嘘だったというのか」

「それは……」

「思い込みも激しいし、自分に都合よく考えるお嬢様だった。それでも一緒にいてなにか感じることはなかったのか」


 そんな風に言われてしまうと、答えに詰まります。

 私たちは何かを間違え、距離をおくことになりました。だけど一緒に過ごしたあの日々の全てが嘘だったとは……思いたくありません。

 シャル様が明るく微笑んで下さったこと、アデリーと親し気に呼んで下さったこと。

 たとえ今は嫌われてしまったとしても、全部捨てることのできない大切な思い出です。


「シャルロット嬢が君を好きだったように、君に好意を向けてくれている人はきっといる。彼女の好意を信じたように、もう一度自分のまわりを素直な気持ちでみてみるんだ」

「私のまわりなんて、もう誰も……」


 しかし私がなにかを返すよりも早く、殿下が馬車のドアを開けました。

 そこには……。


「お姉様、久しぶり!」

「アデライド! お誕生日おめでとう!」


 まず最初に目に入ってきたのは公爵家の方々でした。従兄弟にあたる、5歳のマリユスが抱きつき、その後ろからマリユスのご両親、それにお祖父様とお祖母様が歩いていらっしゃいます。


「えっ……えっ……?」


 その後ろにはもちろん家政婦長に、ララもいます。さらにその後ろには、灯りで美しく飾りつけられた我が家が見えます。


「なぜ……?」

「もちろん、貴方の誕生日を祝うためにきまってるじゃありませんか!」


 普段はあまり夜間の外出を好まないお祖母様が、心底楽しそうに言いました。


 驚きました。

 彼らは私に同情し、一緒に暮らす中で気を使ってくれているのだと思っていたのです。だから親切にされながらも、どこか心苦しさを感じていていました。本当は、私なんて優しくされる価値はないのに。

 だから家を離れてホッとしたのです。

 これでもうあの人たちが気をつかうことはなくなる。私さえ独立すれば、迷惑をかけないと思っていたけれど。


「引っ越しをされたばかりで大変だからって、僕ずっと我慢してたんだよ。偉い? 偉い?」


 久しぶりの対面になったマリユスはそこらをピョンピョン飛び跳ねています。一緒の家に住んでいるから懐いてくれているだけだと思っていた従兄弟は、嬉しさのあまり興奮してはしゃぎまわってました。


「突然押しかけてごめんなさいね。サプライズパーティーにしようって皆が言うものだから」


 公爵家でいつも親切にして下さっていた叔母が、遠慮がちに微笑みました。彼女にとって、突然現れた私なんて厄介者でしかない。そう思っていつも遠慮していました。だけどもしそれが全部誤解だったとしたら。

 家政婦長とララの二人に視線を送ると、ララは反応を気にしてか、サッと家政婦長の後に隠れました。一方家政婦長はいつもどおりの真面目な顔を崩しません。


「公爵家では誕生日パーティをするなとは言われておりました。ですがアデライド様の屋敷でやるなとは言われておりませんでしたので。皆様招待状をお出ししたら、喜んで参加してくださいましたよ」


 そ、そんなトンチみたいな屁理屈……?

 しかし集まって下さった皆様の楽しそうな顔を見ていると、とても水をさすようなことはいえません。


「いい、みんないくよ? せーのっ!」


 マリユスが号令をかけると、彼のソプラノボイスを中心にハッピーバースデーの曲が歌われました。

 うわあ、は……恥ずかしい……。

 恥ずかしい……けれど、私のために皆が歌ってくれている。それは素直に感謝の気持ちで一杯になりました。



「「「ハッピーバースデー、アデライド!!」」」


 もしかして。

 彼らは本当に、私と一緒にいることを楽しんでくれたのでしょうか。何の価値もないと思っていた私をお祝いしてくださるのでしょうか。自分の中で、今日まで側にいてくれた人たちに対する思い込みが、ポロポロとこぼれていくのを感じました。


 そしてそんな風に思えるのはたぶん、シャル様と一緒に過ごしたあの優しい日々のおかげなのだと思います。


「…………」


 突然、みんなが驚いた顔をします。


 ああ、どうしてなのでしょう。

 幸せなのに、涙がこぼれることがあるのだと、私は初めて知りました。

お読みいただきありがとうございました。

本編はこれで終了となります。番外編として前日譚的なお話と、もしかしたら後日談的なお話を更新する予定です。よろしければあと少しお付き合いいただけると嬉しいです。

また、本日活動報告を更新しております。

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