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第二王子殿下の悪行により、私の帰宅時間はいつもより遅くなりました。仕事そのものは好きですが、残業は周囲の人間にプレッシャーを与えるため、出来るだけしないようにしているのですが。
「そんな顔するなって。お詫びに王族専用の馬車で、王子が自らが送り届けてるんだぜ」
「貴方が原因で遅くなったのに、感謝しろと?」
ギロリと睨んでも、殿下はどこ吹く風でした。私は頭の中で熱した鉄を押し当てる想像をして、なんとか溜飲を下げています。……もちろん想像だけですよ。
「もう次は無いって。今回は特別」
「特別?」
不思議に思っていると、第二王子殿下は胸元から小さな包みを取り出しました。
「誕生日おめでとう、アデライド」
言われて、初めて今日が誕生日だったことに思い当たりました。毎年公爵家宛にメッセージカードとプレゼントが送られてきましたが、直接渡されたのは今回が初めてです。
開けてみると、中には指輪が入っていました。その中央に輝いている真珠の輝きが薄く七色に発光するのを見て、思わず息をのみました。
「これは……」
「はあ、本当は俺が一番に渡したかったんだが。シャルロットお嬢様に先を越されたのは癪だな」
かつて王太子の婚約者だった頃、たった一度献上品として見たことがあります。とある漁村で、数年に一度しか獲れないという特別な真珠でした。その時婚約者は、私ではなく別の女性に与えたのですが。
だけど目の前にあるのはその時見たものよりも大きく、そのうえ素晴らしい輝きを放っておりました。
「まさか、誕生日プレゼントでいただけるような品物ではありません!」
「そういうなよ。これまでは公爵家からのチェックが厳しくて、無難な小物しか送れなかったんだ。金額の上限まであるって、ちょっと過保護すぎやしないか?」
殿下はやれやれと肩をすくめました。どうやら私は、自分の想像以上に公爵家で守られていたようです。
「それにしても、婚約者でもない方から指輪を貰ってもいいものなのですか?」
「両陛下の提案のことは忘れてくれ。これは純粋に日頃の感謝の気持ちなんだからな」
「はあ、でも」
「ここまできてつっ返すのは無しだぞ!? 頑固な職人が『直接の取引しかしない』なんて言い出したせいで、わざわざ遠方のド田舎までいったんだからな」
殿下は慌てたように言い添えました。なんだか誤解を受けそうなプレゼントですが、たしかにこの美しい真珠を一番引き立たせるのは指輪しかない気がします。
……まさかここ二週間居なかったのは、これのためじゃないですよね?
「ここには俺と君しかいないし、誰にもらったかなんて喋らなければわからないさ」
殿下は簡単にいいますが、これほどの品を身につけていて、詮索されずに済むものでしょうか? ほとんど社交を行ってこなかったので、そこらの線引きがよくわかりません。
しかしこちらをじっとみつめている殿下が、いつになく緊張しているような気がします。その様子が昨日の王妃にことのほかよく似ていて、なんだか二度も断るのが申し訳ないような気がしてしまいました。
「わかりました。ありがたく頂戴いたします」
ちょうどその時、馬車が止まりました。
もう家の前についたようです。
そろそろ、本編が終わる予定です。




