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数日後、私は国王両陛下に呼び出されました。
「君には本当に迷惑をかけたね」
私は恐縮しました。大したことなどなにもしていないのです。むしろシャル様の機嫌を損ねてしまい申し訳なく思っていたのに、両陛下は私に頭を下げんばかりの勢いでした。
「色々あったけれど。シャルロット嬢はかねてからの約束通り、我が国と契約を続けてくれるようだよ」
「そうなのですか……」
すっかり嫌われたと思っていたので、そのことを意外に感じました。ですが彼女は自分中心なところはあったものの、嘘つきではありませんでした。最後に約束を守って下さったことが、なんだかとても嬉しくなります。
「なんにせよ、君がこの国に残ってくれて嬉しいよ」
「そんな。私なんていくらでも代わりがいますから」
慌てて首を振ると、隣の王妃様がとんでもないというように大きく首を振った。
「なにを言っている? そなたが別の国に行くかもしれないと聞いて、アレクサンドルの部下から山のような嘆願書が届いたのだぞ」
「まさか、ありえません」
「ふむ。実物を見れば信じられるのか」
王妃殿下がパチンと指を鳴らすと、待ち構えていたかのように書類を抱えた文官が数人やってきた。彼らの手にあるのは、間違いなく私を引き留めるようにと訴える書状の数々だった。
……まさか私が辞めるかもしれないときいただけで?
「本当に、私なんかのために?」
狐につままれたような話でしたが、この場にある書類の束は間違いなく現実でした。
「シャルロット嬢が君を連れて行くといった時、わたし達が反対したことをおぼえているかい?」
国王陛下は優しい笑みで私をみつめました。
あの時は突然の提案に、陛下たちもすぐに了承できなかっただけなのだと思っていました。しかしもしかしてそれは、あまりにも頑なな見方だったのかもしれません。
「正直に言えばね、私たちも公爵夫妻も君に遠慮している部分はあると思う。だけど君を引き留めるのはそれだけが理由じゃないよ。慣れない国に来て、それでも一生懸命頑張る君の姿にとても励まされているんだ」
「…………」
「君はもう、この国になくてはならない存在だよ」
陛下のねぎらいの言葉を真に受けるのは、あまりに厚顔でしょうか。
ですが私なんてとか、本気じゃないとか、そんな風に自分が傷つかないための言葉で逃げるのは終わりにします。国王両陛下だって、何の価値もない人間に時間を割くほど暇ではないはずです。たとえお世辞であったとしても、少なくとも言う価値はあると思っていただけてるはず。そんな風に少しでも前向きになろうと決めました。
私はもう、価値がないと言われていた頃の自分じゃない。
「ところでアデライド嬢。私たちが以前、お礼をしたいと言っていたことをおぼえているだろうか」
王妃殿下が、どことなくソワソワとした様子できいてこられました。
「そうそう。王妃とも、君の働きに報いるためにもなにか役職をつけようかと相談したんだよ。第二第三のシャルロット嬢が現れないうちにね」
確かにシャル様が私を誘ったのは、貴族籍ももたない、宙ぶらりんの立場であったから。だからといって私はあくまで第二王子殿下の秘書にすぎません。
「いっそ新たに大臣職を創設することも考えたんだけど……」
「無理です。荷が重すぎます」
「そうなんだよねえ。色々手続きも面倒だし、承認をとおさなきゃいけないから時間もかかるし」
手続きの煩雑さで拒否したわけではありませんが、諦めて下さるなら理由はなんでもいいです。貝のように口を閉ざしている私に、陛下がパチリとウインクしました。
「だからね、君さえ良かったらウチの息子と婚約してみない? ちょうど一人、いい歳なのにいつまでも相手が決まらない子がいるんだよね」
…………。
はい?