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数日後、シャル様はひっそりと帰国されました。
その間私はもちろん、どの令嬢とも一切面会もせずお帰りになったのです。どうしても最後にお会いした時のことが気になり、一度だけ手紙を出しましたが返事はありませんでした。
きっと、あの日のことが原因に違いありません。しかし何かを間違えたこと自体はわかっても、どこがいけなかったのかがわかりません。たぶん、わからないことがいけないのです。
やはり柄にもなく友人を持とうとしたことが間違いだったのでしょうか。今となってはただただ、私なんかに関わってしまったシャル様に対して申し訳ない気持ちだけが残っています。
◇
「よう、アデリーちゃん! いい子の君にクッキーをあげよう」
いつものように執務室で仕事をこなしていると、第二王子殿下がちょっかいをかけにきました。
チラリと視線を向けて口を開きましたが、何かを言い返すのも億劫に感じて結局口を閉ざしました。このところ沈みがちな私を気づかってくださっているのだとわかっているけれど、ほっておいていただきたい。
「つれないなあ。せっかく王族専属のパティシエに頼んで焼いてもらってきたのに」
殿下が手に持った皿には言葉通りとても美味しそうなクッキーが乗っていました。しかしそれを見てもやはり食欲はわきません。
「……私はいい子なんかじゃありませんから、食べる権利はありません」
「そう落ち込むなよ。あのお嬢様とは遅かれ早かれこうなったさ」
私のためと言いながら、殿下は躊躇なくクッキーを口に運びます。なんだか腹が立って、彼から皿を奪いました。
「殿下にはわからないでしょうね。貴方はなんだかんだ言いながら多くの部下に慕われていますもの」
「嫌われる奴には徹底的に嫌われるけどな」
「私は違います。仲良くしようとしてくれたのはシャル様だけでしたのに……。そんな彼女にすら見捨てられたのですから、一生友人なんかできません」
はっきり言葉にすると、いっそう胸の奥がズンと重くなるような気がしました。
いっそ仲良くなりたいなんて感情がない、普通の人間とはまったく違う感性の持ち主だったら楽なのに。
私はたぶん、誰かとわかりあえないことが悲しいぐらいには人間らしく、だけど心から分かり合えるほどにはまともではない。どっちつかずの孤独を、この先も抱えていくのだと思います。
「ふうん、少しは成長したんだな」
「何がですか」
ささくれだった気持ちで冷淡に言い返しましたが、図太い殿下は気にしてないようです。いつものように軽薄な笑みを浮かべ、私が奪った皿からさらに一枚クッキーをかすめとりました。
「君はタリース国に来たばかりの頃は、友人どころか一切の人間関係を拒絶していたじゃないか。誰に何を言われようが気にもとめない、むしろ自分なんてそうされるのが当然みたいな顔をしていた」
「そんなことは……」
ありません、と言おうとしたが、そういえばそうだったかもしれません。
祖国では家族すら私を目障りだといいはなち、婚約者も私をまともに扱ったことはありませんでした。だからといってそれが悲しいとすら思わず、ただ私はそういう扱いを受ける人間なのだと思っていたのです。
「……私は、少しは変われたのでしょうか?」
「ああ。それにこれからも変わっていくだろうな」
王子殿下は自信満々にうなずきました。根拠なんてないくせに、まったくいい加減で適当な人です。ですが迷いなく言い切る彼の言葉は、不思議と私に元気を与えてくれました。
私は急に空腹をおぼえ、クッキーを一つ口に入れてみました。甘いクッキーが、ほろりと口の中で溶けました。