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あっと思った時には、ぐらりと華奢な体が傾きました。
「シャル様!」
患者に集中していたせいで反応が遅れました。
倒れる、と思った瞬間に彼女の体を抱き留めたのは第二王子殿下でした。
「……っと。まあ、ここまでよく頑張った方だな」
彼はソファに毛布をかけるように指示すると、そこにシャル様を横たえました。
この手際の良さは、いずれ倒れるであろう予兆を感じていたようでした。こんな場所で倒れ込んだら大変な事になっていたかもしれないので、その点は感謝します。しかしそれ以前に様子がおかしかったことは見過ごせません。
「殿下。なにか彼女に妙なことを吹き込みませんでしたか」
「まあ、ちょっとな」
彼は悪びれもせず認めました。ここが病院で目の前に重症患者がいる状況でなければ、偶然を装って足を踏んでやりたい所です。
「そう怖い顔をするな。言っておくけど、とどめを刺したのは君なんだぜ」
「私が……?」
私はただ、シャル様を助けたかっただけです。
彼女の一番の願いはより完璧な存在になること。だからそのヒントを掴むことが出来れば、なにも一緒に帰国することにこだわることはないと思い至ったのです。
ですがそのために慈善活動に誘うことは、少し勇気のいることでした。これまで何人もの令嬢に声をかけてみたけれど、王都のメインストリートではなく貧民街まで出向いたり、慈善病院にまで足を運ぶことを知って断られ続けてきたのです。中にはそんな場所に足を踏み入れている私自身を『汚らわしい』と感じている方もいたようです。
それでも『神になりたい』という野望を話してくれたシャル様のように、私も自分自身のありのままを打ち明けてみることにしました。とまどいながらもきちんとつき合ってくれた彼女は、やはり普通ではない、特別な方なのだと感動したのです。
ですが彼女の体力を考えず、調子に乗りすぎてしまったのかもしれません。
「たしかにそうですね。妖精のようにほっそりとしたシャル様を、何時間も連れまわすなんてやりすぎでした」
「うーん……。問題は自覚がないことなんだよなあ」
第二王子殿下は不思議なことをいいながら腕組みをしています。
「……ん……」
会話の応酬をしているうちにシャル様のまぶたがぴくぴくと痙攣し、すぐに大きな飴玉のような瞳が開かれました。良かった、意識が戻ったようです。
「ご気分はいかがですか? 今水を持ってきますね」
「……えない……」
「え?」
彼女はまるで私の声が聞こえないかのように、周囲を奇妙な表情でぐるりと見回しました。
「シャル様?」
第二王子殿下も、彼女の様子がおかしいことに気がついたようです。なにか言いかけた口を閉じ、真面目な顔で彼女の様子をうかがっています。
「……見えない……何も、色が見えない……」