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ー49ー ※公爵令嬢視点

※負傷者、怪我人を蔑むような表現が続きます。苦手な方はご注意ください

 私は昔から他の人達とは違った。


 普通の人には見えない色が見え、他の人達が苦労したり失敗することもなんなく乗り越えてきた。自分は特別な人間だと思っていたし、いつだって最後は望み通りになった。

 アデリーの事だって、今は一緒に来ることを迷っていけれど、最後は結局はこれでよかったと思うはずだと疑わなかった。自分の正しさに自信があるから、その途中で他人の気持ちを傷つけることになっても仕方ないと割り切れたし、たとえ本人から拒絶されても立ち直ることが出来た。




 だけど今初めて、自分は特別な人間ではないのではと疑っている。


 私は普通の人間のように、馬鹿な迷信を信じ、怖くてガタガタ震えている。こんなの本当の私じゃない。私はもっと特別で、特別なはずで……。


「……ひ、ひどい傷なのでしょう!? その……もしも、もしもよ!? 感染したら……」


 これが自分の声かと疑うような、酷い喋り方だった。声は裏返りそうになり、言葉尻は消えていく。これまで散々馬鹿にしていた、自信がなくて下らない、つまらない人間の典型のようだった。


 ――違う、私は特別だもの!


 私のように感情を色で見ることができるような人間は、他にいない。そのことは私にとってなによりの自信の源で、これまでの成功の数々を築いていた特別な能力だった。しかし今あれほど自慢にしていた能力は、目の前にある試練を乗りこえる役に立ちそうにない。


「特別な人間になるためには、仕方ありません」


 大真面目なアデリーの言葉に、私はヒュッと息を飲んだ。


「むしろ、こんな言い方は不謹慎ですがチャンスでは? 他人の傷が感染するほど他人の看病をしたとなれば、きっと素晴らしい評判になりますわ」


 もし彼女が少しでも嫌味を言っていたり、困らせようとして発言しているのならばここまで恐ろしくは思わなかっただろう。しかし彼女はほんのり頬を上気させ、熱弁を振るった。


「残念ながら、私は何度も訪れていますが無傷です。ああ、ですがシャル様は普通の方とは違いますもの。もしかしたら本当にそんな奇跡が起こるかもしれませんわね。その場合、うつした本人はどうなるのでしょう。他人にうつせば治ってしまうのでしょうか?」


 冗談ではない!

 そんなことは私の望みではないのに、アデリーはすっかり夢見心地だった。


「もしこの病院の方々の傷を一手に引き受ける事ができたら……。きっと教会に認められ、一躍聖女として後世まで名前を残せるでしょうね」

「そ……そんなの無理よ……。絶対に嫌……!」


 今すぐこの場から逃げ出したい。

 そのためになら、特別である色を見る能力なんて無くなってしまってもいいとすら思った。ううん、もしかして私はちょっと変わった特技をもっていただけで、特別な人間なんかじゃなかったんじゃ……?


 その時、入り口のドアのあたりが急に騒がしくなった。


「先生、急患です!」


 血まみれの中年男性が運ばれてきた。

 とても見ていられず目を背けると、アデリーは怖気づく私を勇気づけるように手を握った。以前なら嬉しかった心遣いも、今は振りほどきたい気持ちでいっぱいだった。


「さあ、先生を手伝いますよ」

「て、手伝う……?」

「先生はご高齢のため、治療には助手が必要なのです。今日は手術の予定はなかったから看護婦の方もいませんし、私たちがやるしかありません」

「やるって、何を?」

「簡単な事だ、早くしてくれ」


 高齢の医師はもたもたするなと言わんばかりに早口でまくしたてた。


「消毒するために衣服を破いて、傷口を出すんだ!」

「き……傷口を……出すですって……?」


 アデリーは期待に満ちた眼差しを向け、鋏を渡してきた。

 なにこれ。

 まさか……私にやれっていうの?


「さあシャル様、人を救うためですわ」


 いやよ!!

 ありえないでしょ、そんなこと!!


「グズグズすると手遅れになるぞ!!」


 医者が苛立ったようにせっついてくる。だけど、ただでさえ汗と血にまみれた人が唸っているのだ。側によるのも恐ろしいのに……間近で傷口を見るなんて、考えるだけで震えあがってしまう。それにもし手元が狂って、直接傷に触れてしまったら……!!


「シャル様……」

「いやああああああっ!! ごめんなさい、許して!! 無理、無理!! 死にたくないいいいいっ!!!!!」


 私は耐え切れず叫んだ。もう、第二王子との勝負も、神になるという目標も頭から消えていた。ただ死にたくない。その根源的な恐怖で叫んだ。

 アデリーは困ったように少し眉を寄せた。

 しかしすぐに決意したように私の手にある鋏を引き取った。


「今回は私が行いますね。シャル様は目をつぶっていて下さい」


 この時、私は彼女の言うとおり目をつぶるべきだったのだ。

 しかしあまりの事に動転しすぎていたため、それすらもできずただアデリーが患者の傷を露出させるのを呆然と見続けてしまった。




 ――赤。



 布を裂く音と共に視界が赤で塗りつぶされる。

 と同時に、意識が暗転した。


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