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目的地に到着すると、シャル様はこわごわ私に聞いてきました。
「こ、ここは?」
「支払いが出来ない患者を受け入れている、慈善病院です。治療は国から費用が出ているので無料ですが、あまり環境がいいとはいえないくて」
やや古びた建物であるだけでなく、周囲に人気がないことも彼女の不安を増長させているようでした。無理もありません、こんな場所はあまりにも彼女の住んでいる環境と違いますから。
「シャル様はご存知ですか? 貴族の間では不幸や貧しさが感染すると思われているそうです」
「ば、馬鹿らしいわね」
「ええ、もちろん迷信です。ましてやここは病気ではなく怪我人だけを収容していますから、なにも感染するようなものはないのです。しかし一部の市民たちもそれを真に受け、足を運ぶことをためらっているそうなんです。ですからシャル様のような高貴な方がお見舞いに行くことは、とても意義があるんですよ」
これから行うことの重要性を説明しながら中に入ると、そこにはおびただしい数の怪我人たちが横になっています。比較的軽症の者たちは廊下にまで寝かされているほどの満床で、彼女には少々驚くような実態かもしれません。
ですが彼女も真に困っている彼らの姿をみれば、慈悲の心がわきあがるに違いないと思います。
「ううっ……!」
「シャル様……?」
辛そうに口元を抑えるシャル様に、少し刺激が強すぎただろうかと心配になりました。なにせ私はあまり嫌だとか気持ちが悪いなどと思わない、忌避感が薄い人間のようなのです。
私にとってはどうという光景ではありませんが、もしかしたら無理をさせているのかもという心配がよぎります。
「思ったより早かったな」
声をかけてきたのは、先にこちらに移動していた第二王子殿下でした。医者の先生と共に、特に重症そうな怪我人の側に立っています。彼は私などよりもよほど多忙なはずなのに、こういう時には率先してやってきてくださいます。
彼はこの病院の運営にも強い関心を示し、少しでも環境がよくなるよう尽力してくれているようです。元婚約者はこういったことには全く興味が無く、祖国の同様の病院はそれはもうひどい有様でした。そういうものを見慣れているため、余計にこの病院がそれほど酷いものとは思えないのでしょう。
「ええ。シャル様が頑張って下ったおかげでとても早く終わりました。やっぱりお誘いしてよかったです」
「アデリー……あの……っ……」
「シャル様、もしかしてお辛いのですか?」
「まさか、そんなわけないだろう。今日アデリーと過ごせることをあんなに張り切っていたんだ」
殿下が笑いかけると、とたんに彼女の目に生気が戻りました。やはり、二人はとても良い関係を築けているようです。ただ殿下の少しからかうような瞳が気にならなくはないのですが……。
「ごめんなさい……す、少し驚いてしまって……」
「無理もない。お嬢様のようなお若い方には縁のない場所でしょうからな。でも大丈夫、すぐに慣れますよ」
滅多に来ない見舞客に喜んでいるのか、お医者様も機嫌よく頷きました。この方は治療の腕は一流なのですが、なかなか癖のある人物でしばしば手を焼かされます。そんなお医者様も魅了してしまうなんて、やはりシャル様は特別な方なのだと改めて思いました。
「彼らの手助けをすることで、今度こそシャル様にも他者に寄り添う大切さがわかりますわ。彼らもきっと貴方の献身を忘れず、天使のようだと感謝するでしょう」
「手助け……? お、お見舞いをするのよね?」
「医師の先生の指示に従って包帯を取り替えたり、傷口を消毒したりしましょう。大丈夫ですよ、私も一緒ですから」
さすがに不安そうな顔になるシャル様に、私は小さな声でつけ足しました。
「だって貴方は、神になりたいのでしょう?」
特別な人間になりたいというのなら、この程度の試練は乗り越えられなくては。勇気づけるための声かけでしたが、何故かシャル様はビクリと怯えたような顔をしました。