ー47ー ※公爵令嬢視点
私は美しいものが好き。
美しいものだけが好き。
なのにどうしてこんなことをしなくてはならないのだろう。王国に住んでいるのだから仕方がないけれど、何の役にも立たなさそう。ううん、むしろこうして支援を受けているのだから足手まといだ。
なのにどうしてアデリーは彼らに貴重な時間を使うのだろう。
……こんな人たち、いっそいなくなってしまえばいいのに。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
何も知らないアデリーがやってきて、私の様子を気づかった。
ああ、彼女は本当に綺麗。
それ以外は要らないものばかりだ。
投げやりな作業をしていたせいだろう。何度か間違えて食料を渡し、流れを止まってしまった。それを不快に思ったのか、次にきた男が突然私をどなりつけてきた。
「いつまで時間かかってるんだよ!! こっちはもう何時間も待ってるんだぞ!!」
「ひっ……」
突然の大声にすくみ上がる。
もう嫌、なんでこんな……。
驚きと恐怖心。そしてそれがが去ると、今度は強烈な怒りが湧いてきた。
こんな人たち、私の楽園には相応しくない。
そうだ、汚いものは全部、消してしまえばいい。だんだん馬鹿らしくなってきた私は、もう笑顔を向ける余裕もなく食料を無言で渡し続けた。時々アデリーが心配そうな視線を送ってくるけど、それに答える気力もなくなっていた。
第二王子との約束は「最後までアデリーにつき合う事」。そこに笑顔でいろとか、感じよく対応しろだなんて条件はない。相手を人間だとは思わず、自動的に流れてくる物体かなにかだと思うことにして次々作業をすませていった。
そうして黙って同じことを繰り返していくうちに、段々何かを感じる余裕もなくなっていく。それは喜びや楽しさを感じさせなくなる代わりに、苦しさや不安の気持ちからも私を遠ざけてくれた。
「お疲れ様。これで終わりですよ」
それからどれほど時間が経っただろう。人の波が落ち着いてきたと思った頃、ようやくアデリーが宣言した。
「終わり……?」
「はい。初めてなのにとても頑張りましたね。すごいことですよ」
アデリーに褒められた途端、この恐ろしい困難を無事にやりきったことに対する安堵と達成感で満たされた。やはり私は特別な人間なのだ。どんな妨害があろうと、結局最後に勝つようになっている。その他の有象無象とは別世界の人間なんだと自覚し、誇らしい気持ちで一杯になった。
ついに、勝った……!!
そうだ、あの悪魔のアレクサンドル王子はどれほど悔しい想いをしているだろうか。是非ともその顔を見てやりたくなり、彼の姿を探す。
「……え?」
しかし敵の姿はどこにも見えない。そういえば途中からずっと見ていない気がする。不思議に思っていると、アデリーが彼は先に行っているのだと伝えてきた。
……先に行く?
なんだか、嫌な予感がした。
「それではシャル様、行きましょうか」
「行くって? だって今日はもう」
「ええ、ここでの活動は終わりです。ですが中にはここに来ることも出来ない人たちもいるのです。あともう一息ですよ、シャル様」
……大丈夫、アデリーに悪意の色はない。
ただ勝利する瞬間が、ほんの少し先に延びただけなのよ。
自分で自分をそう慰めたけれど、拭い去れない大きな不安が、いつまでも私につきまとった。