ー44ー ※公爵令嬢視点
目の前の傲慢不遜な男を睨みつけた。
警戒する私に、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「言っておくが、アデリーは何も知らない。本気で君のためになると思ってここに連れてきたんだ。だから賭けに乗るかどうかは完全に自由。ただしその程度の覚悟なら、本気であんたを妨害することになるけどな」
他人の感情が色として見える、という特異感覚を持っている私だが、彼の感情はとても読みにくかった。次から次に違う色が現れるから、よくわからない。気分屋で色が変わりやすい人は何人か見てきたが、こんなに流動的に色が変わる人は見たことがない。
いつも頼りにしているはずの感覚があてにならない。その事実もまた、第二王子に対して苦手意識を持っている理由の一つだった。
「いいわ、勝てばアデリーを解放してくれるのね?」
「ああ。それに最初に言っておくが、俺はあんたが耐えきれるとは思ってない。だからあんたが負けてもペナルティーは課さない」
「え?」
意外だった。
負ければ二度と近づくなと、約束させるためのものではないのか。
「じゃあ、なんでこんな勝負を?」
「ふっ、決まってるだろう」
第二王子は口の端を吊り上げ、邪悪な笑みを見せた。
「この勝負はアデライドのためのものじゃない。完全に俺の趣味だからさ」
「趣味? いったいなんのこと?」
「無駄な努力なのに頑張って、結局失敗して泣きっ面になるアンタが最高に面白そうだからだよ!」
一瞬、何を言われたのか理解するのに時間がかかった。
次の瞬間、自分の顔が怒りで赤く染まったのがわかった。
「なんでも私はわかってますみたいなすました顔しやがって。せいぜい世の中の厳しさを思い知るがいいさ。はーっはっはっは!」
ブチッと、なにかの感情の腺が切れたのがわかった。
ほんとにこの男……なんっっっって最低なの!?!?!?
ふっ……ざけんじゃないわよ! この私をなんだと思ってるの!
「ふっ……ふふふふふっ!!」
何一つ楽しくないのに、笑いがこらえ切れない。これまでの恨みや我慢していた感情全部が一気に噴き出して、マグマのように私の中で燃え滾っていた。
こいつは、悪!!
大切な大切なアデリーにまとわりつく、汚らしくて不快な小虫! あまつさえ自分が有利な立場であることをわかったうえで、私を侮辱してこようとする最低最悪なクズ!
これまではその地位と権力で好きに生きてきたのだろうが、この私ならきっとこの男に一泡吹かせてやれるにきまってる。いや、というよりむしろ……。
――そうよ、 私がこんな能力を持って生まれたのは、天が悪を討てと授けて下さったに違いない。
突然天啓が舞い込み、全ての霧が晴れた気がした。