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私はとある宿屋の前に立っておりました。
襲ってきた者たちの一人に『お願いして』聞き出した情報によると、ここでシャル様が私を待っているというのです。こういう時、第二王子殿下のように慣れた方がいてくれたのはとても運が良かったと思います。あれだけ絶対に何も言わない、プロの意地にかけて依頼者は漏らさないと叫んでいたというのに、なにがあったのでしょうか。
周囲には殿下の指示で、密かに騎士たちを配備させています。
ですがシャル様は一貫して私を大切にして下さっていたので、傷つけるような真似はしてこないと思っています。あまり緊張することもなく、彼女がいるという部屋の前でノックしました。
コンコン
「アデリー?」
すぐにシャル様がドアを開けてくださいました。
なんの警戒感もない様子に、思わず笑みがこぼれます。やはり彼女は年齢相応の、世間知らずで純粋な面がありました。あまりに優れた部分が多いので、大抵の人はそのことに気がつかないのです。
「会いたかったわ! 驚かせてごめんなさい、これには事情があつて……」
どんな事情があっても、これまで彼女のやったことは許されることではありません。ですがただそのことを伝えても本当の意味では理解できないでしょう。彼女にはその前に教えるべきことがあるのです。
「大丈夫ですよ。私もお会いしたかったですから」
「まあ、本当? 怒ってはいない?」
「ええ」
怒ってはいません。ただどのようにお話したら、ご自分の過ちに気がついていただけるか。それを考えているだけです。
彼女はじっと私の顔を見つめてきます。
シャル様はこのように相手を見つめる癖がありました。恐らく観察眼のするどい彼女は、それだけで多くの事を感じ取ってしまえるのでしょう。ただ、少々そのことを過信しすぎている傾向はあるようですが。
「良かった! 誤解されたらどうしようと思っていたの」
ようやく怒っていないと通じたのか、感極まって抱きついてきました。こんな彼女の無邪気さに、すべて許して差し上げたくなってしまいます。
きっとこれまでも、許されてきたのでしょう。
しかし彼女が望む通りの人間になるためには、それだけでは駄目なのです。
「シャル様が近い場所にいてくれて助かりました。今からなら間に合います」
「間に合う? 何が?」
「お会いしたばかりですが、すぐに行きましょう。お話は移動の途中でいくらでも出来ますわ」
シャル様には甘やかすだけではない人間が必要です。そのために私は自分の心を殺し、やるべきことをすることにしました。
幸いな事にそういうことは、私の得意分野でもあります。
「ねえ、貴方ここには一人で来たの?」
「迎えにきた方たちには、その行いに相応しい報酬を与えておきました。もうここに来ることはありません」
信じやすい彼女はそんな言葉だけであっさりとついてきました。こんなに可愛らしい彼女に、厳しい現実を突きつけるなんて、たぶん私のような人でなしでなければ出来ないでしょう。
「シャル様、奥の席にどうぞ」
「ありがとう」
私たちは仲の良い姉妹のように、並んで座りました。
これから彼女には嫌われるかもしれません。それでも本当に必要なことを伝えることが真の友情だと私は信じます。