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「シャルロット・バシュラール公爵令嬢を今すぐ王家の離宮にご案内しろ。荷物や使用人の移動は、こちらで手配する」
第二王子殿下は家臣を呼びつけ、決して私の屋敷に近づけてはいけないと厳命しました。どうしてもシャル様の様子が気になり、少しだけお話することは出来ないかと聞いてみても、駄目の一点張りです。たしかに少し流されそうになった私も悪いのですが、あまりに信用がなさすぎやしないでしょうか。
不満が顔に表れていたのでしょう、殿下はため息交じりに話し始めました。
「あの女に近づくなと警告していたことを覚えているか?」
私は頷きました。
あの一言がなければ私はもっとシャル様を盲目的に信じていたでしょう。それどころかもしかしたら今頃、本当に彼女の国へ行っていたかもしれません。
「その理由は、彼女が人心を掌握することに長けているからではない」
「え? 違うのですか」
「気に入らないのはあの目つきだ」
目つきと言われても、私にはただ可愛らしいようにしか見えません。
「君でもわからないものなのか? ああいう目をした人間はたまにいるが、そいつらは自分がこうと決めたことは最後まで諦めない。それがたとえ、間違っていることだとしても」
数々の死線をとび越えた殿下と、所詮ただの文官にすぎない私の見る世界が同じはずがございません。それに諦めが悪いと言われても……と考えたところで、シャル様が我が家に来ることになった経緯を思い出しました。
ほとんど接点のない令嬢に興味を持ったからといって、一体どれだけの人が行動に移せるでしょう。しかし彼女は諦めるどころか積極的に立ち回り、見事私の屋敷に招かれることになったのです。
「一度は誘いを断ったと言っていたな。しかし彼女は結局粘り勝ち、父上たちさえ黙らせてしまった。しかも君の母上の話を持ち出すなど、一歩間違えれば国際問題にもなりかねない。そんな方法、他の者でも思いつくまではするかもしれない。しかし実際に行動に移し、はっきりと指摘できるものがどれくらいいる?」
あの時シャル様の発言に少しでも怯えがあったり、逃げ腰になる気配があったのなら、国王陛下たちもあれほど動揺することはなかったでしょう。なんのてらいもなく放たれた言葉だったからこそ、虚をつかれ心の傷を隠す事すらできなかったのだと思います。
殿下はさらに言葉を続けました。
「諦めない人間ってのは本当に厄介なんだよ。能力の有無なんて、それに比べればごくささやかなことさ」