ー35ー ※閑話
※前話の第二王子とアデライドの会話、ラストだけ少し修正しております。大きな流れは変わっておりません。また今回のお話はあまり本筋に関係ありませんので、番外編に興味が無い方は次話よりお読みください。
その時、王宮の警備をしていた男は狐につままれたような顔をしていた。
今しがた廊下で見た光景がとても理解できないものだったのだ。彼の姿に気がついた同僚が、一体どうしたんだと声をかける。
「ああ、大変だ。先の廊下には行かない方がいい」
「お前がやって来た方角じゃないか、何かあったのか?」
「いや、それが。アレクサンドル殿下が笑っておられたんだ」
それだけを聞いても、城に戻った王子の様子を知らない者には意味がわからなかっただろう。しかし幸いなことに、同僚の男はそれを目撃していた一人だった。
「笑ってた!? そんな馬鹿な!」
同僚も同じ衝撃を感じたらしい。
驚きのあまり口が開いたままになった。
「俺だって目を疑ったさ」
「先ほどのアレクサンドル様……城に戻るなり、すげえ勢いで怒ってたもんな」
「ああ、殺されるかと思った」
予定より早い戻りとはいえ、最初はいつも通りの様子に見えた。しかし出迎えた家臣たちといくつか話をしているうちに、見る間に形相を変えていった。そして突然、国王両陛下たちが会食する部屋に向かったのだ。二人の脳裏には思い出したくもない鬼のような形相がこびりついている。ましてやそれが悪魔の申し子と言われている第二王子なのだから、目にした瞬間の恐怖はとても言葉で言い表せるようなものではなかった。
あれほどお怒りになるなんて、一体何を聞いたのだろうか。恐ろしすぎるあまり、その内容を知りたいとも思わない。
尋常ではない怒りを察し、わずかでも到着を遅らせようと、家臣たちがあれこれ話しかけた。その間に、仲間内でも最も足の速い男が先ぶれをするために走った。王子がどんな理由で腹を立てているのか皆目検討がつかなかったが、とにかくその怒りの矛先はただではすむまい。そう直感した者たちの連携であった。
王宮内の派閥や出身差別、もちろん役職によってもいがみ合いの種は事欠かない。そのあらゆる垣根を超えて、あれほど一致団結することができるものなのかと、妙に感心してしまったほどだ。
「とにかくたった今、機嫌よく笑っている殿下を見たことは間違いない。だからうっかり刺激しないよう、音も立てずにその場から離れてきたってわけだよ」
「そんな、あんなにお怒りになっていたのに? 俺はもう、殿下のお考えがまったくわからないよ」
「しかし今回は機嫌がよくなる方に変化したのだから、まだいい。これが突然、逆になったなら……」
二人は顔を見合わせ、ブルリと体を震わせた。
さて実はこの男、つい最近遠方よりこちらに配属になったばかりだった。
なのでその時すぐそばにいたツンと顔をしかめている女性が、第二王子殿下の秘書だということを知らなかった。運悪くたまたま居合わせた、取るに足らない令嬢だと思い込んだ男は彼女の存在を伝えることを忘れていたのだ。もし話していたのなら「そんな大事な事を抜かして話す奴がいるか!」と大いに叱られ、すぐに笑い話になっていただろう。
しかし残念ながらそうはならなかった。
よってそれからかなり長い間、アレクサンドル王子はますます家臣たちから恐れられることになるのだった。