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「ふっ……ははは! いくらわめいたって、肝心のアデライドが行く気がないって言ってるんだよ。ちゃんと聞こえたかい、お嬢様ぁ?」
はあ。
本当に、この人は大人げない……。
私は図々しく肩に乗せられた手をはたき落としました。
「もうしわけありません。私は長年過ごした故郷と絶縁する形でこの国に来ました。だから今度こそ、か細くとも繋がった縁を大切にしていきたいのです。……それがたとえ、多少いびつな縁であっても」
後半は背後の人物に向けた言葉ですが、視線をくれてやるようなことはしません。
そんな甘やかしはしないのです。
「……こんなの……嘘ですわ……」
「え? シャル様?」
なにかをポツリと呟いたシャル様に近づくと、ガシリと肩を掴まれました。
「っ!?」
「こんなはずじゃありませんわ! ねえアデリー、お母様の事を持ち出したから私に怒っていらっしゃるのよね? 私だって本当はあんなこと言いたくありませんでしたのよ。ううん、もう二度と口にしませんわ! 謝りますから、嘘だと言ってちょうだい? 私にはアデリーが必要なの、アデリーがいなくては私、私……」
こんなに取り乱したシャル様を見たのは初めてです。
私の中の彼女はいつも可愛くて、妖精のように可憐で。時々ちょっぴり意地悪な時もあるけど、やっぱり明るく可愛らしい理想の少女でした。
そんな彼女が私ごときに、こんなに思いつめるなんて予想外です。震えている目尻に涙が光って見えた気がして、途端に勇気がくじけました。こんな風に彼女を傷つけるくらいなら、自分が折れるべきではないかと、別の私が囁きます。
「同情するなよ」
ぐっと手を掴まれ、少し痛いぐらいの勢いでシャル様と引き離されます。同時にその痛みは、自分を見失いそうになる私を現実に連れ戻したのでした。
第二王子殿下は忌々し気に舌打ちしました。
「意識してか無意識にか、人の心を操るのが上手すぎる」
つい『そこまで言うなら』と言いそうになっていた自分にハッとなります。
第二王子殿下が強引に私とシャル様の間に立ちました。私よりも頭二つ分背が高く、体格の良い彼が前にいるので、私からはほとんど彼女が見えなくなっていました。
「ご、ごめんなさいシャル様。でも先ほど言った通り、お母様の件は関係ありません。貴方に怒ってもいません。ただ、一緒にはいけない。本当にごめんなさい!」
「これ以上話し合う必要はない。行くぞ、アデライド」
王子殿下が腕を引いたので、私はシャル様の顔を見ることなく部屋を退出しました。シクシクと泣いている声だけが、背中の方からいつまでも聞こえてくるようでした。
「アデリー。嘘だと言ってよ、アデリー……」