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しばし睨み合っていた二人ですが、先に口を開いたのはシャル様でした。
「ふう。貴方はなんの良心の呵責も感じませんの?」
「なに?」
対立している二人以外の全員が、ギクリとしました。
シャル様はふたたび私のお母様の件を持ち出すおつもりのようです。
「軍神だなんだともてはやされているようですが、貴方が立っているその場所は尊い犠牲の上になりたってるとは思いませんの? 十数年前、この国の方々のために死んだも同然の、アデリーのお母様の上に!」
「シャル様、お止め下さい」
「いいえ止めませんわ。無視することは出来ない事実ですもの。さあ、どうお考えなのか教えてくださいませ!」
そう言い放つシャル様は己の勝利を確信しているようでした。
たしかにお母様が若くして隣国に嫁ぎ、私を生んですぐに亡くなったことは事実。そしてそのお陰でタリース国が時間を稼ぐことができ、ついに隣国に打ち勝つための力をつけることが出来たこともまた事実なのです。
「お答えくださいまし! その責任をどうとるおつもりですの!?」
勝ち誇ったように問いただされても、第二王子殿下の余裕な顔は崩れませんでした。
「どう思うか、ね。アデライド、君はどう思っている?」
突然話を振られてしまいました。
何故急に私へ……? そう思いましたが、なにかを企んでいるかのような王子殿下の表情にハッとしたました。
そうか、これはむしろチャンスかもしれない。
私が長い間ためこんでいた気持ちを、言うための。
……本当は少し怖いのです。あえて本心を言わなかったのは、私の考えが普通ではないことを自分でもわかっているから。非難され、呆れられるとわかっていたからあえて口にしなかったのです。しかしこうなった今、どんなに軽蔑されようと、自分の本心をいうべきなのかもしれません。
「貴方、それでも人間なの!? 自分の母親が亡くなった感想なんて一つしかないじゃない!」
「どうと言われましても、なんとも思っておりません」
「そうよ、もちろんなんとも…………えっ…………」
クルリと振り向いたシャル様に穴が開くほど見返され、やはり自分の感覚は一般的ではないのだなと実感します。
しかし、私はもうすべてを話す覚悟をしておりました。
「ほとんど顔も覚えてない母の死に対し、特になんの感情も抱いてはおりません。……もちろん母自身は恨みや苦しみがあったのかもしれませんが、そればかりは私のあずかり知らぬことでございます」
「なにを言ってるの、アデリー。貴方、自分のお母様のことなのよ? なんとも思わないなんてそんなはずがないわ!」
第二王子殿下を除くその場にいる全員が、痛まし気な顔をしています。まるでそれ以上無理をするなと心を痛めて下さっているようでした。ですので私はもう少しばかり自分の気持ちを言及することにしました。
「はい、まあそうなのですが。なにしろ記憶のないことですし」
それから少し考え、ぴったりの言葉を思いついた。
「悲しんだからといって、別に生き返るわけでもありませんしね」
その場にいる全員が、私を異質なものをみるような目で凝視していました。
……ああ、やはりこうなりましたか。
しかしこれで周囲に誰もいなくなったとしても、全員が罪悪感を抱え続ける現状よりはよほどマシでしょう。それに。
「ですので、本当にお気になさらず。少なくとも私は気にしておりませんので、引き続きこのタリース国でお世話になろうと考えております」
「――だ、そうだ。シャルロット嬢」
ただ一人、上機嫌で馴れ馴れしく私の肩に手を置く第二王子殿下。こんなことを人に言わせる、同じくらいに人でなしの彼だけは、きっと変わらず隣にいるのでしょうから。