ー30ー
スーレイロル公爵夫妻をはじめとしたこの国の多くの人が、母のことについて罪悪感をもっていることには気がついておりました。そしてそれこそ私が公爵家を出た理由でもあります。
優しいながらもいつもどこかで申し訳なさを感じている、そんな公爵家の人々が、私には少しだけ重荷だったのです。
「シャル様、お止め下さい……」
このままではいけない。
わかっているのにどうしたらいいのかわからないのです。
誰も恨んでなどいないと伝えたいけれど、今それを口にすれば、尚更彼らを傷つけてしまうような気がしました。
「アデリーにとってのチャンスを、自分たちの都合で潰す? そんなむごいことがどうしてできますの。私は貴方がたとは違い、きちんと彼女を幸せにしてみせます」
シャル様は私の手をとり、美しい笑みを浮かべました。
まるで大切なお人形を慈しむような、優しい微笑みで。
突然えぐりだされた心の傷に、誰もがすぐに返事をできません。
私は初めてシャル様を恐ろしく思いました。
ああそうです。
だからこそあの人は『絶対に近づくな』と言っていたのに……。
「おわかりになりまして? この場にいる誰一人、アデリーを引き留める資格のある方などいないということを。これは相談ではなくただの連絡です。私は彼女と共に国に帰ります」
そう言って公爵令嬢は、満足気な顔でスカートをつまみました。
きちんと飾り付けられた少女がカーテシーを披露すると、まるで劇の一場面のようでした。その姿はあまりにも完璧で……まるで彼女自身が語っていた『完璧な淑女』そのものでした。
コン、コココンッ!
唐突に、品位を損なわないギリギリの早さで扉が叩かれました。
それもタリース王宮で緊急事態に使っているノックです。
「……なんですの?」
せっかくの独壇場に水をさされ、シャル様の眉間にしわが寄りました。
「今は取り込み中でしてよ、お下がりなさい」
ノックの意味を知らないシャル様が、やや苛立たし気に返事をしました。しかし待ちきれなかったのか、伝令を伝えに来た家臣は勢いよくドアを開けます。
バン、という扉が開く音と共に、新しい風が流れ込みました。
「なんなのです!? 無礼にもほどが……」
「申し訳ございません!! ですが、あちらをお止めすることは不可能でして……!!」
慌ただしく空気が変わっていくのを感じながら、私には予感がありました。
いつだって人の神経を逆なでする。
こんなにも狙いをすましたような、間の悪さは。
伝令が悲鳴のように叫びました。
「第二王子殿下……アレクサンドル様がお戻りになりました! 今、こちらに向かっておられます!!」
活動報告を書きました。