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自分は必要とされている。そう思えた私は、今度こそキッパリとシャル様のお誘いを断ろうと決意しました。
彼らとの絆を断ち切ってまで行きたい場所などありませんと。そう、言おうとしたのです。
「あらまあ、どうしてですの?」
いつものシャル様の口癖に、ドキリとしました。彼女を除く全員が強く拒絶したというのに、ほんのわずかも怯んでいないのです。それどころか本気で理解できないと首をかしげています。
「皆さん、どうしてそんなことを言えるのですか?」
「なんだと、どういう意味だ」
ガタリとお祖父様が椅子から立ち上がりました。隣のお祖母様が慌てて袖を引きます。国王両陛下もいぶかしげな顔でシャル様を見ました。全員の注目がしっかりと集まったのを確認した彼女は、にこりと笑みを浮かべた後とんでもないことを言い出しました。
「だってそうじゃありませんか。アデリーのお母様は、この国の人柱になったようなものでしょう?」
たった一言で、この場の空気が凍りつきました。
私自身、何を言われたのかをすぐ理解できなかったほどです。それだけ私の母の事はある種のタブーであり、誰もが直視し難い問題でした。
「当時は大国だった隣国に要求され、まだうら若かったアデリーの母親を送り出してしまった。元々あまり体の丈夫ではない方だったと聞いています。一体なにがあったのでしょうね。彼女の死は、貴方がたの責任ではありませんか?」
違う、そんなことはない。
そう言いたいのに言葉が出てきません。
「アデリーだって、決して短くはない期間ずっと苦しい立場に置かれていたんです。王太子の婚約者だったはずなのに追放同然で逃げて来るだなんて、いったいどんな生活を送っていたのでしょう」
舞台のようによく通る声が、重苦しい全員の頭の上に響きました。
ああなんてことでしょう。
これまでシャル様に対し、いくつか気になる点があってもそれを指摘することはありませんでした。何故なら彼女は華奢な可愛らしい少女であり、誰かに危害を加えることはないと思っていたからです。クロエ様を裏から陥れたという事実を知った時でさえ、その理由が私と仲良くなりたかったからという可愛らしい動機だったことを理由に、甘く考えてしまったのです。
しかし、その認識は間違っておりました。
剣も弓も持たずに、しかしこれは間違いなく人を刺す刃そのもの。
力ではなくその言葉でもって、人を死にさえ追い込みかねない傷をつけたのです。