ー2ー
さて、私が紅茶でずぶ濡れになる数日前。
いつものように執務室での仕事を終え、退出しようとした時のことです。
「明日から二週間ほど留守にする」
いつものように勝手気ままな第二王子殿下は、これまた唐突に宣言しました。
「かしこまりました」
「おいアデリー、少しは気にならないのか。どこに行くとか、なんの用だとか」
「勝手に愛称で呼ばれてることに関しては、少々気になっております」
「そっちかよ!」
そうはいわれましても。この国のいわば居候のような存在にすぎない私とは、天と地ほどの身分の差があるお方です。行動に疑問があったとしても口を挟むことはできません。
まあ、それ以前に興味がありませんが。
「言っておくが今回は本当の極秘任務だからな。いくら君でも答えるわけにはいかない」
だったら最初から言わなければいいのに。……と、うっかり言おうものならもっと面倒くさくなるに決まってます。さすがに何度もやらかした後なので、同じ失敗はいたしません。
「ところで、住まいは問題ないか」
「おかげさまで非常に快適に過ごさせていただいてます」
先日のトドル国を制圧した際のこと。褒賞に何が欲しいかと聞かれ、お願いしたのが私個人の邸宅でした。どんなボロ家でもかまわないと伝えていたのですが、王宮のすぐそばという極上の立地に、邸宅というよりも屋敷と呼ぶべき豪邸を用意してくださいました。
「そうか。治安のよい場所を選んだが、女の一人暮らしだ。くれぐれも気をつけろ」
「問題ありません。なにしろ殿下が門の前に警備兵を常駐させておりますから。というか、公私混同もはなはだしくありませんか」
「ふふん、部下の福利厚生は仕事の内だ。気にするな」
気にならないわけがありません。
とはいえ初めての一人暮らし、正直にいえばありがたい気持ちの方がずっと大きいのですが。
「それよりも、今我が国に来ている公爵家令嬢のことはわかっているな」
私はこくりと頷きました。
「ええ、シャルロット・ソワイエ様ですね。たいへん美しく聡明な女性だと、若い貴族たちが浮き足立っております」
「あの女には、絶対に近づくな」
第二王子殿下は、いつになく真剣な顔で忠告してきました。
「わかりましたよ。もう、何度その話をするのですか」
「大切なことは何度でも言っておく。君に限って、俺の命令を無視することはないだろうが」
「なぜそれほど警戒されるのです?」
いつも気まぐれな方ですが、私の交際範囲にまで口出ししてくるのはとても珍しいことなのです。それも相手が凶暴な荒くれものならともかく、か弱いご令嬢だというのに。
「口では説明しづらいが、あいつは好かない」
好かないって、こどもの喧嘩じゃあるまいし。
呆れた気持ちが顔に出ていたのでしょうか。第二王子がギロリと睨んできました。
「なんでもいいからあの女に近寄るなよ」
「わかりましたよ」
「これは王族命令だぞ、いいな?」
しつこいぐらいに念押しし、それでも何か言いたげな彼に、私は小指を差し出しました。
「はい、絶対に近寄りません。約束いたします」