ー27ー
シャル様の、あまりにも率直な疑問に何も言えなくなりました。
どうしてこの国に居続けなければならないのか。
言われてみればその通りです。
胸を張ってこの場所から離れられないと言える理由なんて、なに一つありません。
「わ……私は……」
たしかに私程度の仕事ぶりなど、いくらでも替えがきくでしょう。同居している家族も、別れを惜しむ友人もいないのですから、確かにシャル様についていっていけない理由がありません。
「…………」
私は、昔から苦手な事がありました。
それは自分がどうしたいのかを聞かれることです。
外的理由がないことをつきつけられ、途端に自分の意思の輪郭がぼやけました。
「ねえアデリー。もし私と一緒に国に戻ったら、まずは私の友人を紹介するわ。すでに何人か、貴方と気が合いそうな子を思いついているの」
私とは正反対に、はっきりとした自分の意思を持ったシャル様が生き生きと未来を語りました。彼女は自分の気持ちを確固として持ち、思い付きが疑いようもなくよいものだと信じ切っていました。
「それとも仕事がしたいなら、我が家の事業を手伝ってほしいわ。莫大な富を生む、とんでもなく規模の大きな仕事よ。きっとやりがいがあるわ。……ああでも、そういえば貴方はタリース国に恩義を感じているのだったわね」
彼女は少し考え、すぐに明るい顔で提案してきました。
「そうだわ、一緒に帰国してくれるなら、ダイヤモンドの取引をさらに拡大してあげる。そうなればアデリーもこの国に恩返しできたってことになるわよね?」
◇
それからのシャル様の行動は早いものでした。
数日しかない日程をやりくりし、私の旅券やら旅支度などあっという間に揃えてしまいました。いくらなんでも、シャル様の帰国にあわせて国を出立するなどできるはずがない。そう考えている私をあざ笑うかのように全ての準備が整えられて行きます。
そしてその行動力で国王両陛下と予定していた会食を、私を国に連れて帰ることを説得するための場に変えてしまったのでした。
「――というわけで、アデライド令嬢が私の国へ来ることを許可して頂きたいのです」
一同が集まったテーブルは静まり返りました。
当初から予定していた両陛下と幾人かのダイヤモンド取引の関係者たち。……そして何故か祖父母である公爵家夫妻も晩餐の席に同席されています。
シャル様は開式の挨拶として、いかに私という存在を評価しているかを語りました。そして彼女の帰国に同行することが、私自身の人生にとって素晴らしいものになるかを熱弁したのです。
「……ふうん、なるほど。それで君自身はどう考えているのかな、アデライド令嬢」
いつものような穏やかな笑みを浮かべながら、国王陛下は問いかけました。
脅されたわけでもないのに心臓がドキドキし、なんだか息が苦しくなります。目の前の景色は遠くに感じるのに、頭の奥では冷静な自分がそろばんをはじきます。
シャル様の提案は決して独りよがりなだけのものではありません。両国にとって利益をもたらし、私がこの国にとどまり続けるよりもずっと利益をもたらしてくれるでしょう。
そう、私さえ我慢すれば……。
「無理だ。許すわけにはいかない」
その言葉は、意外な人物から吐き出されました。