ー26ー
「私がシャル様の国へ……?」
「そうよ! アデリーはこの国に家族はいない、婚約者もいないと言っていたわよね。なら、唯一無二の親友である、私の国に来るといいわ。大丈夫、不自由なおもいなんてさせないから」
シャル様はニコニコと機嫌がよろしい。
一方で私は、なんと言っていいかわからずに困ってしまいました。
「アデリーはこの国に、貴族としての籍はないのよね? だったら話は簡単だわ。仕事は辞表を出して、あとは荷物を全部持ってくればいいのよ。あ、もしかしてこのお屋敷が気に入ってる? だったらお屋敷ごと引越しましょうか」
お屋敷ごとって、一体どんな手段を使う気ですか……!?
いえそれよりも、当然のように話を進めるシャル様をお止めしなければ。
「お待ち下さい。私はこの国を離れるつもりなどありません」
「嫌なの?」
「嫌というか……そもそも、考えたこともありませんでした」
「まあそうよね。いいわ、ゆっくり考えて」
私はホッとしました。
シャル様の口調では、まるで今日明日にも出発しかねない勢いでしたから。
「だけどさすがに公爵家の血統の令嬢をお連れするんだもの。タリース王家を説得するのに手紙のやり取りでってわけにはいかないでしょう? ……遅くなると、色々邪魔も入りそうだし」
最後はよく聞こえない声でボソリと呟きながら、うんうんとうなずいている。
「とにかく、アデリーが来たいと思ってくれた時のために、下準備をするくらいはいいでしょう? もちろん嫌なら無理強いはしないけど、万が一の時のためにも後悔したくないの」
「準備が無駄になるかもしれないのですよ」
「それでもいいのー! ねえ、お願い?」
ご自分でもわかっているであろう、あざといぐらいの上目遣いで懇願され、思わず苦笑しました。
確かに公爵令嬢であるシャル様がふたたび我が国にやってくるのは並大抵のことではないでしょう。しかし私にそのつもりはないのです。ここは期待させるような返事をするより、ハッキリお断りする方がお互いのためでしょう。
「申し訳ありませんシャル様。やっぱり私は一緒にはいけません」
「どうして?」
シャル様の問いかけは、拗ねたり怒ったものではなく、純粋に不思議そうでした。
「どうしてって……。そう、第二王子殿下の秘書としての仕事もございますし」
「大丈夫、仕事なんていざとなればいくらでも代わりがいるものよ。なんなら手紙でやり取りすることもできるし、人生の選択肢を狭める理由にはならないわ」
そんな風に切り返されるとは思っておらず、何も言い返せません。
「それでもどうしても気が咎めるというのなら、優秀な人材を何人か送ってもいいわ。三人? 五人? 十人ぐらいいれば貴方の代わりになるかしら」
「い、いえ! 私の代わりなんていくらでもおります」
優秀かどうかより、あの気まぐれな暴君にどれだけ我慢ができるかの方が重要なのです。それはともかく、何人もの人材を派遣していただくほどの仕事はしておりません。誰にでもできる、ごく当たり前の範囲です。
「なら、駄目な理由を教えて。仕事は他の人が代われるのよね? 裕福な親戚がいるというのに、わざわざ一人で暮らし始めたのは何故? お茶会で話しかけてくる友人はいなかったようだけど、それでもこの国に居なくてはいけない理由って一体なにかしら?」
思わず言葉に詰まりました。