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目の前の少女は、公爵令嬢の名に恥じぬ余裕たっぷりの態度で見返しています。
しかし私も冷静に対処することにかけては自信があります。わざとゆっくりと間をあけて、相手を焦らしてから切り出しました。
「シャル様は以前、お気に入りのドレスを求めるために、たくさんのテーラーで注文されるとおっしゃっていましたよね」
「……ええ、それがどうかしたの?」
もっと別の質問をされると思っていたであろうシャル様は、少し拍子抜けした表情をしています。
「自分の趣味とは違う、興味の持てないドレス。シャル様がどのように着こなされているのか、ずっと聞きたいと思っていたのです」
「そんなこと? なら返事は簡単だわ」
注文したドレスが思っていたものと違ってしまう、という悲劇はごくまれに起こります。その度に令嬢たちは工夫を凝らし、小物やアクセサリー、メイクやヘアセットで少しでも理想に近づけようと努力するのです。ある意味で一番の腕の見せ所、趣向工夫が凝らされる場面でもあります。
「気に入らないドレスにどうして袖を通す必要が? 全部処分してるに決まっているでしょう」
シャル様はさも当然だ、とばかりに首をかしげます。
彼女は裕福な国の、その中でも頂点に立つほど富んだ公爵家のご令嬢。山のようなドレスを捨てたところでビクともしない経済基盤があるのでしょう。
「なるほど。それでよくわかりました」
「なにがわかったの?」
「シャル様は、クロエ様をわざと精神的に追い込んだのですね」
長いまつげがパチクリとまばたきした。
刺すような視線には慣れています。私は気にせず続けました。
「最初からおかしかったのです。私のような凡人ならいざ知らず、シャル様のような人づきあいの達人が、紅茶をかけられるほど他人を怒らせたうえに、直前までその事実に気がつかないだなんて」
「まあ。私だって失敗することはあるわよ」
「ありません。シャル様は完璧な方です」
言い切ると、シャル様の瞳がさらに丸くなりました。
「少なくとも、人の間に入ることにかけては天才的だという他ありません。何故なら貴方はご存知ないでしょうが、私は今の年齢まで友人が一度もいたことがなかったのです」
シャル様は小さな声で「い、一度も……」と呟き、ごくりと唾を飲みました。
「そんな私が、突然友人が出来たからと言ってまともな人付き合いが出来るはずがありません。会話の仕方もわからない、そもそも友人というのがどんな交流の仕方をするものなのかも想像できない。それなのにシャル様がいらっしゃってからのこの数日、恐ろしいことに私は本心から……ずっと、ずーっと楽しかったのです」
「わからないわ! 楽しかったなら、それでいいじゃない!?」
ああシャル様。貴方には私のような人間にとって、友人が出来るということがどれほど難しいのかおわかりにならないのですね。
私も公爵家の血筋の端くれ。
優しく声を掛けて下さるご令嬢だって一人二人はいたのです。
「以前にも友人になろうと努力して下さった方もいらっしゃいました。しかしどなたも私の会話能力の無さや沈黙に耐え切れず、優しい笑顔で立ち去って行ったんです。ですから正直、最初はシャル様もすぐにいなくなられるだろうと高をくくっておりました」
シャル様をきまぐれなわがままお嬢様だと思っていたわけではない。
私が、おかしいのだ。
そしてそんな私と自然体で私と仲良くして下さっている方もまた、普通であるはずがないのです。私は確信をもって指摘しました。
「はっきり申し上げましょう。貴方は、異常者なのです!」
シャル様の目は、すっかり点になっておりました。
「異常者……わ、私が異常……!?」