ー20ー
「彼女は私をひどく罵ったのではないかしら」
シャル様はいとも簡単に言い当て、にこりと微笑みました。
まるでクイズの正解を言い当てているように、どこか楽し気に。すぐに、ああ私の反応を楽しまれているのだと気がつきました。
「そうね、例えば誰彼構わず誘惑しているだとか、色仕掛けをして楽しんでいるのではないかとか。中には私がもう乙女ではないと決めつけてきた人もいたわね。馬鹿みたい」
こういうことは時々あるの、という言葉があっけらかんとつけ加えられました。
「アデリーはどう思ったのかしら。やっぱり私がひどい悪女だと思ったのではなくて?」
「いいえ。……それにクロエ様だって本気で言っていたわけではありません」
この様子では、隠したところで意味はない。そう判断した私は素直に認めることにした。
「一体どうしてなのかしらね。私は誰にでも親切で優しくしているつもりなのに、彼女たちは何が不満だというのかしら」
「クロエ様は不安だったんではないでしょうか。だけど最後はとても反省してらっしゃいました。自分が間違っていたと後悔していましたよ」
「まあ、自分の間違いを認めたですって?」
シャル様はまじまじと私を見返しました。
「貴方って本当にすごいわ。そういう人って滅多に自分の非を認められないものなのよ」
「私自身はなにもすごくありません。自らを省みられた、ご本人の功績かと」
「んもう、アデリーったら!」
シャル様は困ったように腕組みしますが、本当にそう思っているのです。私はただ、相槌を打っていただけでした。それだけで自分の発言の間違いに気がつき気持ちを改められたのですから、やはりクロエ様は根っから悪い方ではないのだと思います。あの時見せた不自然な笑みは、きっと嫉妬と彼女自身の善性がせめぎ合っていたからなのではないでしょうか。
「お茶会のあの時おっしゃいましたよね、彼女を許すと。あれは本音ではなかったのですか?」
質問を聞いたシャル様は声を立てて笑いました。
「そうよ。だから今日まで見逃してあげてたの」
「彼女は貴方からの無視に耐えられなかったのだと思います」
「あら、どうして私があの方に気遣ってさしあげなくてはいけませんの?」
彼女は本当に不思議そうに首をかしげます。
「今日まで処罰を与えなかった。それが数日とはいえ、お世話になったお礼のつもりでしたわ。お友達と思って放置していたのだけど……」
彼女は言葉を切り、私に微笑みをむけました。
「大丈夫よアデリー、もうこんなことは二度と起きないようにしておくから」
最初こそシャル様への猜疑心と嫉妬で鬱屈したものを抱えていたクロエ様でしたが、最後には心から反省していたのです。
人間、誰だって間違えることはあります。
許せとまでは言いませんが、一度くらいチャンスをあげて欲しいと思いました。
しかしシャル様は、私とは違う考えをお持ちのようでした。
「彼女は責任をとって修道院にでも行ってもらおうかしら。私の可愛いアデリーを困らせたのだから、そのぐらいはしてもらわないとね」
「シャル様、それはいくらなんでも。私はなにも困らされておりません」
「いいから私に任せておいて。本当なら国家間の問題にすることだってできたのだけど。これもお友達と思っているから甘くしてあげてるのよ、これ以上譲歩できないわ」
シャル様は目障りな羽虫を払うようにクロエ様を退場させるおつもりのようでした。もっと大事にすることもできた、これは本来よりもずっと軽い処分である。それはその通りなのですが、私の中にわだかまるものがあるのです。
「……シャル様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
気がつけば、言葉を発していました。
そしてそれはたぶん……追い詰められたときの妹によく似た、あの横顔を見てしまったからなのだと思います。
「あら、なにかしら。なんでも聞いてちょうだい?」