ー17ー
――ああ、またやってしまった。
心の中で、深く反省します。私は自分が大切に思っている方を悪く言われると、どうにも我慢ならないようでした。何故なら彼らはこんな私に親切にしてくれた、とても優しい人たちなのです。なのに悪口を聞き流す事など、とてもできやしません。
しかしすっかり我を失っているクロエ様を見ていると、それ以上追い打ちをかける気にはなれませんでした。
「違う……違います、私はそんなつもり無かった……!」
クロエ様はいらいらと髪を触ります。
その様子が一瞬、私の妹を彷彿とさせてドキリとしました。
自分の思い通りにいかないときには癇癪を起こし、目を吊り上げて髪を掻きむしっていたあの姿です。
『――違うわ! お姉様が悪いのよ、私じゃない!!』
妹はそうなると手がつけられず放置するしかありませんでした。ですがクロエ様はまだほんの少し、冷静さが残っている様に見えます。
「ねえアデライド様、誤解しないで下さいますわよね? 最近色々な事が上手くいっていなくて、少しイライラしていただけなんです」
本来なら、これ以上クロエ様の面倒をみる義務はありません。
ですが何故か放っておけない。
そう思ってしまったのです。
「もちろんですわ」
クロエ様は少しすると落ち着きを取り戻して下さいました。私の指摘に思う所があったのか、心なしか意気消沈しているご様子です。
「ごめんなさい、どうかしていました。……あの、このことはどうかシャルロット様には……」
「もちろん言いませんわ。クロエ様にお会いしたことも」
それは告げ口をしない代わりに、仲をとりもつこともしないという意味です。しかしクロエ様も今は自分の口が過ぎたと思い直したのでしょう。素直に頷いて下さいました。
「私、なんでも恵まれているシャルロット様が羨ましかったのかもしれませんわ」
暗く沈んだ彼女は神経質そうに爪を噛みました。その指にわずかに角質が厚くなっている部分を見つけ、ふと思い出したことがありました。
「そういえばクロエ様は、最近絵を描かれないのですか?」
彼女の指に出来ているのは、長く筆を持った努力の末の証です。
「まあ、どうしてご存知で?」
「玄人はだしの腕前だと、とても評判ではありませんか。私が拝見したのは一枚だけですが、繊細な色遣いがとても素晴らしかったですわ」
「まあ……!」
とたんに表情がパッと明るくなりました。
ついさきほどまでとは別人のようです。
「そんな、大した腕前ではありませんのよ」
「まあ、まさか」
「本当にそうなんです。上には上がいるものですわ。それで最近、すっかり打ちのめされていて。……馬鹿ですわね。シャルロット様のことも、上手くいっていない憂さ晴らしに歪んだ見方をしていたのかもしれません」
クロエ様はすごい方です。
ほんの少しお話しただけで自分の間違いに気がつき、認めることができたのです。きっともう大丈夫だと安心いたしました。
「自分の調子が悪い時ほど、まわりがやけに眩しくみえるものですわよ」
クロエ様はじっと私の顔を見ました。
「アデライド様にもそんな時がありますの?」
「もちろんですわ。とくにこの国に来るまでは、ずっと自分が好きではありませんでした」
「まあ、そんなはずがありませんわ」
冗談だと思ったのか、クロエ様は小さく笑いました。